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「米国は日本の憲法を見習え」(米国 California Chronicle紙 3月29日付社説)

◆はじめに(コメント):久々に、アメリカの新聞の心地よい記事を見つけた。

昨年の4月、中国で反日デモが激化し、領事館の窓ガラスが割られるなど、緊迫した情勢となったとき、欧米の新聞が何度も、「日本は謝罪したのに中国はいつまで文句を言い続けるのだ」という類の社説を載せた。

ワシントンポスト、フィナンシャル・タイムズ、英タイムズ紙、ウォール・ストリート・ジャーナルなどである。

今日、久しぶりに心地よい(改憲派には心地よくないかも知れない)記事を見つけた。

「カリフォルニア・クロニクル」という新聞に載っていたコラムである。

欧米の新聞では、自社の論説委員のみならず、外部の人間もコラムニストとして契約している。

出来るだけ色々なものの考え方を載せたいということから、このようなシステムが出来たものと思われる。

今日、私が訳した「コラム」の著者は、Stan Grime(スタン・グライム)氏。

インディアナ大学を卒業し、social workerとして活動していると書いてある。著書もあるそうだ。



なお、自然な日本語に近づけるために、かなり意訳している箇所があるが、

ミスター、スタン・グライムが、「戦争を禁じた日本国憲法は素晴らしい」、と述べている部分は、出来る限り逐語的にそのまま忠実に訳している。

チェックしたい方は、原文が↓に載っているから、読んで下さい。

http://www.californiachronicle.com/articles/viewArticle.asp?articleID=7396


◆記事(翻訳):原題:The Japanese Constitution: U.S.A. Take A Lesson(日本国憲法:アメリカは日本の爪の垢を煎じて飲むべきだ)

1946年、第二次大戦による壊滅的打撃から、疲弊しきっていた日本は、連合国司令官、ダグラス・マッカーサーに促されて、現在の日本国憲法を制定した。

この憲法の内容で特筆すべきは、ただ一つの、しかし、この国家の基礎を成す条文である。

それは、「戦争の放棄」を謳っている。「日本は、如何なる国家に対しても決して武力を行使しない。」と宣言している。

現行憲法下の比較的「新しい」日本政府は、戦後60年間、この約束を破らなかった

日本は、戦争という、国家の発展を妨げる余計な負担を背負わずに、巧みに、この期間を乗り越えてきたのである。



ひるがえって、アメリカ合衆国はどうかというと、このような(戦争を禁止する)条文は、憲法に存在しない。

我が国を作った先祖達は、将来のこの国の指導者が、国家の将来を考えたとき、あまりにも向こう見ずな暴挙に出るかも知れない、ということを全く考えずに憲法を創ったのである。



当時は誰も、まさか大統領就任式で宣誓を行った人物が、軍隊の若い兵士の犠牲のもとに、個人的利益の追求に走るなどとは考えなかったのだ。

(イラク戦争が始まってから)2,000人以上の最も前途有望な我が国の若者達の生命が、失われた。

それは、たった一人の男、

「私は、今、ここに厳かに、アメリカ合衆国大統領として職務を誠実に履行し、我が能力の全てを用いて、アメリカ合衆国憲法に従い、これを守ることを誓います」


と宣誓した男が、この国を誤った方向に導いた所為である。

ジョージ・W・ブッシュがアメリカ国民に向って、「イラクが大量破壊兵器を保有していることは、疑いの余地が無い」と断言したとき、彼は、「アメリカ合衆国大統領として職務を誠実に履行し」たのだろうか?

彼は、イラク戦争の終結を宣言したとき、憲法を遵守していたのだろうか?

彼は、NSA(国家安全保障局)に市民の電話の盗聴を許可したとき、「能力の全てを、国民の利益を最優先すること」に用いたと言えるであろうか?



我々は、虚偽の口実に基づき、戦争に突入した。そしてその戦争は、いまだに虚偽の口実を理由に続いている。

ブッシュ大統領が、「我々はイラクで勝利をおさめている。」という度に危険信号が発せられるべきだ。

ジョージ・ブッシュの母親、バーバラ・ブッシュにお願いしたい。

貴方の息子がバカな事を言う度に、耳をつまんで引っ張っていって、「お尻ペンペン」してやって頂けないだろうか?



ビル・クリントン(民主党)とモニカ・ルウィンスキー嬢との不倫が発覚したときには、共和党はここぞとばかりに、ネズミを狙うタカのような素早さでクリントンを弾劾した。

ブッシュも国民の見守る中で宣誓を行いながら、白々しい嘘をつくことを止めない。しかし、ブッシュが弾劾にかけられるという話は全く聞かない。

これは、どうしたことだ?

宣誓自体が嘘だったからか?



私は、戦後の日本を築いた先駆者達の先見の明、洞察力の素晴らしさに称讃を贈る。

そして日本人が成し遂げた諸々の技術力にも感服する。

私は、今日も「アサヒ・ビール」を楽しんでいる。


by j6ngt | 2006-05-10 18:44 | 憲法

「訃報:上本孝一さん43歳=プロ野球セ・リーグ審判員」←審判員は本当に大変な仕事だ。

◆記事:【訃報】上本孝一さん43歳=プロ野球セ・リーグ審判員

上本孝一さん43歳(うえもと・こういち=プロ野球セ・リーグ審判員)5日、心筋こうそくのため埼玉県朝霞市の自宅で死去。

葬儀は7日午前9時、朝霞市溝沼1259の1の朝霞市斎場。自宅は朝霞市膝折町4の5の6。喪主は妻美代子(みよこ)さん。

捕手として京都・西舞鶴高から82年、ドラフト5位で広島入り。84年に退団後、85年からセ・リーグ審判員として1412試合に出場した。

4日の中日-横浜戦(ナゴヤドーム)で一塁塁審を務めて帰宅し、就寝中に死亡した。毎日新聞 2006年5月5日 19時49分


◆記事2:渡真利球審が突然倒れる、巨人阪神戦で(4月21日)

セ・リーグの渡真利克則審判員(43)が21日、球審を務めた巨人-阪神1回戦(東京ドーム)で4回、脈に異常を感じ、突然倒れた。

そのまま担架で運ばれ、救急車で東京都内の病院に入院した。セ連盟によれば、この日の心電図などを含めた検査結果で後日、判明するという

同球審は井川が小坂に5球目を投げようとしたとき、捕手の矢野に覆いかぶさるように倒れた。

自力で起き上がったが、矢野に抱きかかえられ、立つのがやっとの様子だった。このため試合は9分間中断。

三塁の井野審判員が球審に回り、控えの有隅審判員が三塁塁審に入った。 (日刊スポーツ) - 4月21日23時48分更新


◆記事3:セ・リーグの渡真利審判員が退院=プロ野球(時事通信) - 4月22日20時1分更新

セ・リーグの大越英雄事務局長は22日、前日の巨人-阪神1回戦(東京ドーム)で球審を務めた際に倒れ、東京都内の病院に入院した渡真利克則審判員が退院したことを明らかにした。

掛かり付けの病院で詳しい検査を受ける予定で、現場復帰はその結果を待ってからとなる。


◆記事4:岡田監督 審判に怒号   (スポーツニッポン) - 4月22日6時2分更新

【阪神2-3巨人】2試合連続の延長サヨナラ負け。ベンチ裏に怒号が響いた。

「全然、ストライクやって!」。顔を紅潮させながら、岡田監督は会見場に姿を現した。李の一発で連敗ストップも貯金1も全部すっ飛んだ。

怒りの原因は、アーチ直前の1球だ。カウント2―1から久保田のスライダーを井野球審が「ボール」と判定。

ストライクなら見逃し三振で、試合が続いていた。報道陣に不満をぶちまけると驚きの行動に出た。
渡真利球審が体調不良で倒れるアクシデントがあり、交代で球審を務めたのが井野審判。審判控室の前でその説明を報道陣に行っていたところを見つけると「あれをボール言うとったら野球にならんで!コースか高さか、どっちなんや」と詰め寄った。「コースで」という井野審判に「コース!ビデオ編集して持ってくるから、分かってるやろな。あした行ったるわ!」と激怒。

「(井野球審は)一緒のことばっかりやっとんのやから。見え見えや。人気なくなるわ、巨人も」とまくし立てた。

4連敗というチームの苦境が、怒りに拍車をかけたのかもしれない。「ど真ん中や。ええ試合しとんのに…」 - 4月22日6時2分更新


◆コメント:審判が亡くなっても誰のお悔やみの言葉も載せないのか?

私は野球に限らず、スポーツは嫌いだ。スポーツ選手のアホ面を見ていると腹が立つ。

しかし、子供の頃一時期野球に興味を持ったことがある。

野球に興味を持つ子供は普通、「プロ野球の選手になりたい」といったものだ(少なくとも私が子供の頃は)。

ところが私は選手などになりたいと思ったことは一度もないが、審判員になりたいと思ったことがある。

そのいきさつと、今日、私が云いたいこと、「野球選手も観客も審判員の労をねぎらうものはいない」ことに関しては、

かつて書いた2003年10月01日(水) プロ野球選手・監督を称えても、審判員の労をねぎらう人は、いない。をお読みいただきたい。



審判がいなければ、野球の試合は始められない。

選手は攻撃のイニングで、打順が回ってきそうにないときは、ベンチで座って休めるが、審判員には試合時間ただの一度も休憩がない。

審判には高度な集中力と判断力、決断力が要求される。



かつて、有るテレビのクイズ番組(何処の局の何という番組だったか全く覚えていない)にプロの審判員がゲストとして呼ばれた。

その審判に質問したのが作家の故・遠藤周作氏だったことは明瞭に記憶している。

何処の塁でも同様だが、特に一塁塁審は、一塁手の捕球と、打者の着塁のごく僅かな差を判断しなければならない。遠藤さんが訊いた。

「捕球と着塁が同時のとき、判定はアウトですか、セーフですか?」

その審判は、きっぱりと答えた。

「『同時』ということは、無い、と思います」

私は子供心に「これぞ、『プロ』だ」と感動した。


◆選手も観客も審判員の世話になっているのに、労をねぎらわない。

これほどの「名人芸」をいつも披露しているが、審判員を褒め称える者は全くいない。

そのくせ、「誤審ではないか?」というときは、聴くに堪えない罵詈雑言が選手や満場の観客から飛んでくる。

審判員はそれに動揺していては務まらない。すぐに気持ちを鎮めて、次の判定に備える。

ものすごい精神力であるが、同時にものすごいストレスを抱えていることは想像に難くない。



記事2と記事3に載せたが、丁度2週間前に、セ・リーグの渡真利 克則(とまり・かつのり)審判員が試合中に倒れた

渡真利さんは、幸い大事に至らず、すぐに退院したが、暫く自宅静養すると書いてある。


◆亡くなった上本孝一さんも渡真利さんも心臓だった。

記事をよく読めば分かるが、二人とも大変高齢なわけではない。

同じ43歳で、心臓が原因で上本さんはなくなられ、渡真利さんは試合中に倒れた。



医者に訊かなくても、極度のストレスと無関係ではなかったことは、容易に推察出来る。

審判員は選手と同様に一年契約だ。

渡真利さんも休みが長引くとファームに落ちるかも知れないので、いてもたってもいられない心境かも知れないが、ここはゆっくり休んでいただきたい。


◆岡田は渡真利審判員とかつて同僚だったのに、体調を心配する様子が全くなかった。

4月21日の阪神-巨人戦では、渡真利球審が倒れたので、三塁塁審の井野審判が急遽球審になった。

ところが、井野審判のボール判定で負けたということに、岡田監督は激怒した。

勝負に拘るのは当然としても、倒れた渡真利球審はかつて、阪神の選手で岡田監督の同僚だった人だ。

セリーグ全審判員がここに経歴も含めて載っているので、見れば分かる。

岡田にはその渡真利さんの体調を気遣う言葉が全くなかった。

試合中に球審が心臓に異変を生じて、立っておられず、キャッチャーに覆い被さるように倒れたのだ。大変なことだ。生命の問題である。

野球の世界に限らず、こう言うときには、まず、病人を気遣うのが常識なのだ。

岡田は、「勝負より大切なことが世の中にはある」、ということすら、分からない。

新聞(と言ってもスポーツ新聞だがね)もそれを咎めない。

どいつもこいつも、バカだ。


◆「お陰様」という言葉

世の中には華やかなスポットライトを浴びて、晴れがましい思いを味わえる人がいる。

しかし、彼らがそうしていられるのは、光の陰で「オモテ」を支えているのに、世間には全く知られず、或いは何のねぎらいも受けない人がその何倍、何十倍もいるからだ。

だから、日本人はそういう「陰」の人々に「様」を付けて「お陰様で」という言葉で感謝の気持ちを表すのだ。

この気持ちを忘れた者は、「オモテ」にいる資格がない、と私は思う。

上本孝一審判員のご冥福を祈る。


by j6ngt | 2006-05-06 11:18 | スポーツ

改憲賛成が9年連続で過半数、「自衛組織」明記71%(読売新聞)←皆、憲法を理解しているのか

◆記事:改憲賛成が9年連続で過半数、「自衛組織」明記71%(4月4日付読売新聞記事)

読売新聞社が実施した憲法に関する全国世論調査(面接方式)で、「改正」に賛成の考えを示す人が56%に上り、1998年以降9年連続で半数を超えた。

また、現行憲法では触れられていない、自衛のための組織を持つことについて、憲法上明確にすべきだとする人が71%に達した。

11月に公布から60年を迎える現行憲法だが、社会や時代の変化に対応した新たな憲法を求める国民の声が強いことが改めて浮き彫りになった。

調査は、3月11、12の両日に行った。

憲法を改正する方がよい理由では、「国際貢献など今の憲法では対応できない新たな問題が生じているから」47%が最も多かった。

今の憲法を「改正しない方がよい」は32%だった。
憲法改正の焦点である9条に関しては、「解釈や運用で対応するのは限界なので、改正する」が39%で5年連続最多だった。

「これまで通り、解釈や運用で対応する」が33%、「9条を厳密に守り、解釈や運用では対応しない」は21%だった。

「集団的自衛権」については、「憲法を改正して、集団的自衛権を使えるようにする」27%、

「憲法の解釈を変更して、使えるようにする」23%を合わせた行使容認派が50%に達した。「これまで通り、使えなくてよい」は44%だった。

憲法のどんな点に関心を持っているか――では、「戦争放棄、自衛隊の問題」49%が5年連続でトップ。

これに、最近論議を呼んだ「天皇や皇室の問題」31%や「靖国神社への公式参拝の問題」28%が続いている。(2006年4月3日22時55分 読売新聞)


◆コメント:「憲法改正」を議論するためには「憲法」を知っている必要がある。

当たり前じゃないか、という貴方。

戦争放棄を謳った日本国憲法第9条第一項と第二項を言ってみて下さい。勿論、何も見ないで。

憲法を改正するべきだという方は、今の憲法で定められた憲法改正の手続きを、直ちに、何も見ないで述べて下さい。或いは紙に書いて下さい。

どちらか一つでも出来ない人は、憲法改正を議論する為の知識が不十分です。はっきり言えば、「十年早い」


◆厳しい意見ではない。当然だ。知らないことをどうして議論できるのだ?

憲法は国の最高法規である。

最高法規であるということは、国家権力はここで許容された範囲内で、権力を行使することを許される、という意味である。

憲法は歴史的に遡れば、フランス革命後のフランス人権宣言に端を発する。

つまり、それまで、国家権力の圧政、独裁、に苦しんでいた一般市民が、自らの権利を確保するために行った権利宣言が基本である。

日本国憲法の目的は主権者たる国民の権利を守る為に、国家権力の暴走を抑止することである。

今、改憲、改憲、と騒いでいるのは、国家権力の側から始まったことである。

権力者が自らに課せられた足かせを外そうとしているのだから、主権者たる国民は、「怪しいぞ?」と思わなければ行けないのに

皆、憲法をろくに知らず、勉強しようとえばいくらでも出来るのに、しない。大人が勉強しないから子供も勉強しなくなるのだ(これは余談だ)。



そして、新聞の世論調査に誘導されるがままに、「憲法改正に賛成」。

理由、

「時代に合わなくなってきているから」
何ですか。「時代に合わない」とは?

日本国憲法の何条何項が現代のどういう状況と「合わない」のか、具体的に言ってみて下さい。

何も考えていないでしょう?


◆新聞の世論調査は、いつも誘導尋問的だ。

どの新聞も他のメディアも5項目ぐらいの中から選ぶようになっている。
ここに、読売新聞の改憲に関する世論調査(2006年3月11日~12日の全問が掲載してあるので、

見ていただきたいのだが、

(憲法改正に賛成と答えた人に対しての質問)
あなたが改正する方がよいと思う理由は何ですか。回答リスト6番の中から、いくつ
でもあげて下さい。
【答え】

  1. アメリカに押しつけられた憲法だから               33.6

  2. 国の自衛権を明記し、自衛隊の存在を明文化するため        32.5

  3. 権利の主張が多すぎ、義務がおろそかにされているから       25.3

  4. 憲法の解釈や運用だけで対応すると混乱するから          32.9

  5. 国際貢献など今の憲法では対応できない新たな問題が生じているから 47.4

  6. その他                             1.5

  7. DK.NA                              1.9



憲法を改正するという思想の根拠は世の中にこれだけしかないのか?

そもそも、質問が不明瞭だ。例えば、
「憲法の解釈や運用だけで対応すると混乱するから」


なんだこれは?

憲法の解釈や運用だけで「何に」対応するのか?「何が」「どのように」混乱するのか?

意味不明である。

さらに、
「国際貢献など今の憲法では対応できない新たな問題が生じているから」

これは、国際貢献=自衛隊の海外派遣という認識で設問していることが明らかだが、それならそう書くがよい。

回答者も「国際貢献」の正体が分からぬまま、

「国際」(世界に)「貢献」→良いこと。今の憲法では貢献できないのか・・・・。ならば、改正した方がいいな・・・

という、小学生程度の認識しか無い者が大勢いたに違いない。

そもそも、日本国の一般市民が国際社会に関心を抱いているとは思えない。

選挙のときは、いつも、「地元に道路を造ってくれるか」「橋を架けてくれるか」で投票しているじゃないか。



「国際貢献できないから憲法を改正する」本当にそんなことを考えているのですか?それならば伺うが、

新聞の国際面を毎日読むか?

アラブイスラエル紛争とは何だ?

イラク戦争は何故始まった?

イラク戦争が国際法上違法な行為であったことを認識しているか?


◆「憲法改正に賛成の理由」は論述式にするべきである。

「憲法を改正する」などという大事な問題(質問)に関して、選択回答方法は間違っている。

何も分からなくても形式上、回答することが可能だからである。

本当に思想があって「憲法改正に賛成」ならば、その理由を何も見ないで、論述できるはずだ。

論述式の回答にすれば、多くの人は何も書けないだろう。

そうすれば、如何に「自分が何も分かっていないか」と言うことを自覚できるだろう。それが大切だ。

何も書けない人、何も分かっていないは、「憲法を改正するべきか否か?」と問われたら、「分からない」と答えるのが最も正しい行動だ。


◆憲法を最初から最後まで読んで覚えて、判例を勉強して、第9条に関して言えば、国際法も勉強して、学説を勉強して、初めて改憲云々を議論する準備が出来たといえるのだ。

世間で本当に憲法に関心を持ち、勉強した人は僅かなはずだ。ところが、上述のとおり、そこが世論調査の罠である。

自分では何の考えが無くても、目の前に用意された答えを「何となく、雰囲気で」選べば、有効回答になってしまう。

全国紙の一部は改憲に持って行こうとしているから、誘導尋問のような設問が多い。

つまり都合良い答えを引き出すトリックを仕掛けておいて、「ほら見ろ、国民は改憲を望んでいる」とかき立てる。

一種の詐欺である。


◆分からないまま、改憲賛成と言うな。

結論的に繰り返すが、「分からないこと」は「分からない」と言うべきである。

今現在無知であることは恥ずかしいことではない。これから勉強すればよいのである。

勉強もしないで、安易に国家権力にたいする抑止力としての憲法を変えること。

即ち、何も知らないまま、世間の風潮に載って「改憲」を唱えることこそ、恥ずかしい行為である。


by j6ngt | 2006-05-05 00:52 | 憲法

「米経済学者のガルブレイス氏死去=『不確実性の時代』などベストセラー」←徹頭徹尾戦争に反対だった人。

◆記事:米経済学者のガルブレイス氏死去=「不確実性の時代」などベストセラー

現代資本主義の病理に鋭い分析を加えたことで知られる米国の代表的経済学者ジョン・ケネス・ガルブレイス氏(ハーバード大名誉教授)が29日、マサチューセッツ州ケンブリッジの病院で死去した。97歳だった。

カナダ生まれ。「不確実性の時代」や「大恐慌」などベストセラーを多数著し、日本でも広く知られた。

主要著書の「ゆたかな社会」(1958年)では、企業の広告・宣伝で物を買っても買っても満たされない精神的欠乏がかつての貧困に取って代わるという「依存効果」理論を提起するなど、

「現代資本主義の病理」を鋭くえぐった。(時事通信) - 4月30日17時1分更新


◆コメント:「不確実性の時代」、懐かしいですねえ。

何故かというと、私が大学一年のときに、一般教養の英語の時間が随分あったのです(法学部なんだけどね)が、そのうちの一コマは、この不確実性の時代(The age of uncertainty)が教材だったのです。

毎週かなりの量を読まされました。

難しかったけど、高校や予備校で接する「教科書の英語」ではない、れっきとした、ネイティブが読む、正真正銘の「英語の本」でしょ?

しかも「大経済学者の原著」を読んでいるというのが、如何にも「学問」の入り口に到達したな、という気分につながり(それは、やや短絡的ですがね)、嬉しかったのを覚えています。



予備校で、英語の先生から國弘正雄先生が提唱する只管朗読法、つまり、ただひたすら繰り返し音読する、という学習法を教えられ、実践していたので、

「不確実性の時代」も音読しました。毎週読む量が多いので大変だけど、パラグラフ毎に100回ぐらい音読したら、試験で満点だったのを覚えています。

いや、自慢話じゃないのです。音読は本当に効果的です。その話をすると長くなるので今日は止めておきます。

ところで、一つのパラグラフを一度に100回読むのではないですよ。10回ずつ読んでいって、また最初に戻って・・・という具合にやるのです。

あまりにも音読しすぎて喉の粘膜が充血して、ついには唾に血が混じったほどなのです。

喀血かと思い、真っ青になって子供の頃からお世話になっている近所の開業医の先生に、かくかくしかじか、と話したら、笑われてしまいました。


◆この本、題名だけ見ると分からないのですが、前半は、「経済学史」なんです。

「不確実性の時代」は経済学史が書いてあるのです。

最初に登場するのは、当然、経済学の祖・アダム・スミスです。彼が所謂「国富論」正式には「諸国民の富の性質と起源に関する一考察」で何を書いたか、から始まって、

マルクスについても、「何故、マルクスは資本主義が搾取的である、と考えたのか」とか、

ケインズってのは、「雇用・利子および貨幣の一般理論」で何を考えついたのか、などが、素人にも分かりやすく書いてあります。


◆アメリカを代表する知性が、またひとり亡くなった。

「アメリカを代表する知性」と書いたけれども、頭の良い人なら他にも沢山いるでしょう。

ガルブレイス氏は、専門は経済学なのだが、政治的な事に非常に関心があったのです。

政治的野心があったのではなく、とにかく、徹底的に戦争反対なのです。平和主義者なのですね。どんな理由があろうとも、「戦争は絶対に反対だ」と生涯、訴え続けた。

ベトナム戦争のときもずーっと反戦運動をしていたし、近年のイラク戦争は「ベトナム戦争と共に、アメリカ外交の最大の過ちである」、と繰り返し、述べていました。

本当に最後まで、イラク戦争反対と言っていたそうです。


◆終戦直後の日本に来てショックを受け、反戦思想が強まったのです。

ガルブレイス氏は1908年10月カナダで生まれたというから、第二次大戦が終わった時には既に36歳でしたが、

終戦直後、45年にアメリカの「戦略爆撃調査団」の一員として初めて日本に来ました。

東京の焼け野原を見て、広島でも生き残った人の話を聴き、あまりの惨状に大変なショックを受け、もともと戦争嫌いの家系らしいのですが、

ここに来て、確信的になったようです。


◆「通念(一般に共通した考え)を疑ってみることの大切さ」を大恐慌の時に学んだ。

反戦思想以外にも、ガルブレイス氏は孤高の人でした。

アメリカが経済大国となり、人々が浮かれているときに、「物質的な豊かさが幸福とは限らない」といい、消費社会に対する警鐘を鳴らしたのです。

株価がグングン上がって、人々がこれもまた浮かれていると「バブルだぞ。暴落するぞ」と冷水をかける。

だから、アメリカの政財界の「偉い」人達からは疎んぜられていたようです。



ガルブレイス氏は何しろ、大恐慌を実際に体験した人だから、言葉に重みがあります。それだけに、無視できない。

無視できないから、凡人にとっては「うるさい」存在だったのでしょう。



「大恐慌」とは1929年10月24日「暗黒の木曜日に」ニューヨーク株式市場が大暴落して、その後の4年間でアメリカでは銀行が一万行も倒産して、失業率が25%というものすごいことになり、

それが世界中に波及した、人類史上最大の経済的混乱ですね。

それをガルブレイス氏は見ているわけです。だからバブルが如何に危ないか、骨身に沁みているのですね。

ガルブレイス氏によれば、「最も知的であるべき人達が、株価が暴落するその時まで、如何に自分たちが楽観的すぎたかに気が付かなかった」そうです。有名な経済学者も皆、浮かれていた。

ガルブレイス氏は、そのときに、「通念(一般に共通した考え)を疑ってみることの大切さ」を身を以て学んだ、と言っています。



常に、反骨精神で、経済学の世界でも孤高の人だったようですが、サミュエルソンというノーベル経済学賞受賞者で、かつては「経済学の教科書」=「サミュエルソンの『経済学』」とまで言われた経済学者が、

「自分たちノーベル賞を貰った者が書いた本は半世紀後には誰も読まないだろう。しかし、ガルブレイス氏の本は読まれ続けるだろう」

と言うぐらいのひとなのです(因みに、ガルブレイス氏はノーベル賞を取っていません)。


◆非常な親日家だったのです。

こういう超一流のインテリが親日家であることは、日本にとって有難いことでした。先日、故・ライシャワー博士の事を書きました。

ガルブレイス氏はライシャワー博士のように日本で生まれたのではなく、日本語を話すことも出来ませんでしたが、

何しろ焼け野原から世界第二の経済大国にあっという間に復興するところを全部見ているわけです。

日本に来る度に、大企業のお偉いさんだけではなく、メーカーの工場なども訪れ、現場の労働者にも会うのです。

そういう工場労働者から官僚まで、「勤勉に働く日本人」に心を打たれ、あれほど戦争で滅茶苦茶に負けたにも関わらず、

平和国家として急速に復興したことに「驚嘆した」とのことです。

こういう先生がまた、一人、亡くなった訳です。誠に残念です。

ご冥福をお祈り申し上げます。


by j6ngt | 2006-05-01 22:00 | 訃報