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「日経平均終値、1万6400円台回復…5年3か月ぶり」←ヤバいですねー。

◆記事1:日経平均終値、1万6400円台回復…5年3か月ぶり。

 

 5日の東京株式市場の日経平均株価(225種)は、前日比63円83銭高の1万6425円37銭で取引を終え、

 4日の「大発会」に続き2005年の最高値を上回った。

 終値で1万6400円台を回復するのは2000年9月以来約5年3か月ぶりだ。

 東証株価指数(TOPIX)も同12・08ポイント高い1685・15と、

 2000年5月以来約5年8か月ぶりの高水準で取引を終えた。第1部の出来高は約28億3900万株だった。

 電機や自動車など輸出関連株を中心に値上がりした。国内景気の回復期待を背景に、

 情報通信や化学製品など内需関連株にも買いが入った。(読売新聞) - 1月5日18時25分更新


◆記事2:11月の新車販売、前年比8.2%減の30万5569台――30年ぶりの低水準(12月2日の記事)

 

 景気の回復基調が強まるのをよそに、新車の国内販売の不振が際立っている。

 11月の新車販売台数(軽自動車除く)は30万5569台で、前年同月比8.2%減と5カ月連続で減り、

 前月に続き30年ぶりの水準に低迷。景気の波に乗れない背景には、

 ガソリン高による軽自動車志向や買い控えなどの要因が横たわる。

 好調なボーナスなどに各社は期待をつなぐが、成算はまだ見えない。 (日経)


◆記事3:12月の新車登録、6カ月連続減少・「軽」へのシフト進む (本日の記事)

 

 日本自動車販売協会連合会(自販連)が5日発表した2005年12月の登録車の新車販売台数は、

 前年同月比9.7%減の27万3834台となり、6カ月連続で前年実績を下回った。

 販売台数が30万台を下回るのは2003年12月以来2年ぶり。

 小型車から軽自動車へのシフトが進んでいるほか、「一部地域では大雪の影響も見られる」(自販連)という。(日経)(15:47)


◆コメント1:景気の実態はさほど良くない。

 

 経済指標をウォッチしていると、必ずしも経済の実体(ファンダメンタルズ)は良くないのではないかと思います。

 記事2と記事3を見て下さい。

 自動車が国内で売れていません。

 去年11月の新車販売など、30年ぶりの低水準。

 記事3を読むと、やはり、前年同月比マイナス9.7%です。

 自動車が全てではありませんが、日本最大の企業群にはトヨタ、日産がいつもランキングされます。

 クルマの売れ行きは、住宅着工件数(家を建て始めた件数)などと共に景気に大きな影響を与えるので、大事な指標です。

 これが全てではないけれども、「景気が必ずしも順調に好転しているわけではない」

 と判断する材料の一つになります。


◆コメント2:実体は良くないのに、投機によって株価が高騰する。これこそバブルです。

 

 バブル経済というのは、株価や地価が実際の資産の価値と乖離して、大きく一人歩き(上昇)してしまう状態です。

 日本は、日本史と長期的視点から見れば、「つい最近」と云って良いでしょう。

 1980年代にバブル経済とその崩壊を経験したばかりなのに、またやろうとしているのです。

 ほとほとあきれます。こう言うときは、目端が利く奴が儲けるのです。

 株を買っている連中とて、バブルであることは分かっているのです。

 それでも、とにかく自宅にこもって、短期的な株や債券の売買を繰り返し、

 差益を稼いでしまえば、他の奴のことなど知ったことか、と言うわけです。



 先頃、みずほ証券の誤注文で20億円だか儲けた無職の20代の男性は、

 ほんの数年前に100万円から始めた、まだ初心者だそうですね。

 週刊新潮のインタビューに答えて、「楽しくない。苦しいです」と云っていますが、

 そこは「笑いが止まりません」と云ったら生命の危険がありますから、まあ、社交辞令でしょう。

 しかしながら、私が12月28日に、「プロジェクト X」は、やはり、良い。

 で書いたように、そういう人ばかりでは、世の中は成り立たないのです。


◆コメント3:バブルより怖い、インフレ。

 

 昨年11月25日に書いたのですが、現在、日銀は量的緩和という金融政策を実践していて、

 日銀当座預金には常時恐るべき量のおカネがだぶついています。

 マネタリズムという経済学の立場では、通貨供給量が物価水準を決めます。



 インフレが起きるメカニズムにはごく大雑把に言って2種類です。

 1つは、モノを作っている企業のコスト、原材料費とか人件費、が上昇してそれが、製品の価格に転嫁されて、物価全体が上昇してゆくもの。

 もう一つは、通貨供給量が増えて、国民の懐が豊かになりすぎて、需要に供給が追いつかなくなって、物価が暴騰するものです。



 繰り返しますが、今、日銀当座には30兆から35兆というすごい量のお金があります。

 ガソリンに火がつかないのは、国民のところにまで流れてきていないからですが、

 何かをきっかけとして、国民に流れてきたら、ドッカーンと爆発、

 つまり物価の暴騰を招くのではないか、という懸念があります。


◆コメント4:日本銀行は、インフレ警戒。小泉政権は経済成長を持続と称してインフレ期待。

 

 日銀の福井総裁をはじめ、日銀は金融政策の本当のプロですから

(それについても11月25日に書きました)、

 日銀の独立性を尊重するべきなのですが、小泉首相、安倍官房長官、竹中平蔵、バカの中川政調会長などが、

 「このまま、まだまだ、ゼロ金利政策を維持せよ」と日銀総裁を恫喝していますが、余計なことです。



 日銀はジーッと日本経済をウォッチしています。

 インフレになりかけの時にゼロ金利政策解除に失敗したら、すごいインフレになりかねないのを懸念しています。

 これは専門家に任せておいた方が良い。


◆コメント5:何故、自民党はムキになって「ゼロ金利維持」にこだわるのか。

 

 これは、色々な人が既に分かっていてなかなか云わないのですが、

 要するに日本国のにっちもさっちもいかなくなった700兆円の借金をチャラにするのには、

 すごいインフレを起こすのが、もっとも手っ取り早い方法だからです。

 インフレはモノの値段があがり、相対的におカネの価値は下がります。

 今、貴方が100万円の借金があって、月収が10万円だとします。

 インフレが起り、つまり通貨供給量がドカンと増えて10倍になれば、単純に云って月給は100万円になります。

 すると100万円の借金を返すのも簡単です。



 1920年代にドイツが実際にこの手法を使ったので、今の小泉首相もそれをやろうとしているのではないかというわけです。

 国の借金がチャラになるのはよいですが、皆さんの金融資産の価値もゼロになります。

 それに一旦インフレになったら、それを抑えるのが大変です。

 インフレは社会的弱者を苦しめます。名目の給料が増えてもキュウリが1本1万円もしたら、意味がない。

 今バブルを利用して、働かずに株で儲けている奴らは、それを横目でせせら笑うわけです。


◆コメント6:だから、日銀に任せろというのだ。

 

 このように、日銀が早めにインフレを警戒するのはそれなりの理由が存在するわけです。

 それに、これも11月25日に書きましたが、

 ゼロ金利政策が続いているおかげで、預金金利もゼロに等しいわけですが、

 これによって、失われた「国民の得べかりし利益」は154兆円だそうです。

 自民党の政治家が「ゼロ金利政策を続けて経済成長を促せ」というのは、聞こえは良いですが、

 その政策は、大きなデメリットと危険をはらんでいます。


by j6ngt | 2006-01-05 19:33 | 経済

ウィーンフィル関連の質問に僭越ながらお答えします。

◆色々とお問い合わせがありまして、ご参考になればと。

 

 ニューイヤーコンサートのことを書いていたら、色々とお問い合わせがありました。

 本当は、プロの音楽ジャーナリストではない私がお答えするのはどうかなと思ったのですが、

素人であるということをご勘案の上、reliabilit(信頼性)が必ずしも高いわけではないと言うことをお含み置き下さい。


◆日本人団員の方はどうなったのか。

 

 これこそ、他人様の経歴に関わることなので、みだりに触れるべきことではないのですが、

 私は、2003年に日本人テューバ奏者がウィーンフィルに入団した話を書きました。

 それで、ここ数日「ウィーンフィル 日本人 団員」でGoogleかYahoo!で検索してこられる方がもの凄い数になっています。

 結論を書きますと、現在、ウィーンフィル及び、ウィーン国立歌劇場管弦楽団のメンバー表を見る限り、チューバに日本人はおりません。

 ずっとウィーンフィルの団員の動向とか、コンサートの曲目、指揮者などをウォッチしておられる方がいらっしゃいます。

 この方のサイトに載っている今シーズン(2005-2006年)の始まりにおける、ウィーンフィルのプレスリリースによれば、

【 新入団員 】

1stVn:Isabelle Caillieret、Andreas Grossbauer、Iva Nikolova

2ndVn:Yevgen Andrusenko

Vc:Eckhard Schwarz-Schulz

Cb:Oedoen Racz

Fl:Wolfgang Breinschmid

Trp:Stefan Haimel

【 退職団員 】

1stVn:Helmuth Puffler、Herbert Fruhauf、Peter Gotzel

Vc:Wolfgang Herzer

Ob:Gunter Lorenz

Hrn:Willibald Janezic
Tub:Yasuhito Sugiyama

と、いうことです。

なお、シーズンは9月に始まりますから、実際の異動があったのは、2005年9月1日付です。

ご覧の通り、Tub(チューバ)のYasuhiro Sugiyma氏が退職団員になっています。

書いてあるのはそれだけですから、その経緯はみだりに推測で書くわけには参りません。



そう書いておきながら一言申し添えるのは矛盾しますが、敢えて書きます。

掲示板などでは、試用期間が終わり、不採用になったらしいなどと書いてあるけど、それは分からない。

繰り返しますが、推測で人の経歴に関わることを無責任に書いてはダメです。

私が書いているのは客観的事実。

つまり、今現在、杉山氏はウィーンフィルのメンバー表に載っていない、ということです。

「どうして載っていないかは、分からない」、と書くのが正しい。


◆音色の相性というのがあるのです。

 

 そして、仮にですよ。仮定上の話ですが、試用期間の後で不採用ということは、現実に起りうることですが、

 これは、必ずしもその音楽家の能力がどうのこうのという問題ではないのです。

 ウィーンフィルほどの超一流オーケストラになると、いや、これよりランクが低いオーケストラでも、

 いくら上手くてもその人の「音色」が「うちのオーケストラに合わない」ので不採用、と言うことがしばしば、あります。



 これは、音楽家の音楽性や、演奏能力とは関係がない。

 相性の問題なのです。



 トランペットでも、フルートでも、チューバでも、バイオリンでも、

 ビオラでも、ティンパニでも、シンバルでも、一人一人出す音が違うのです。

 特に、チューバが属する金管楽器群は全て人間の唇をマウスピースにあてて振動させて音を出している。

 人間の身体の一部を振動体(発音体)としているのは、歌と金管楽器だけです。

 もう、既に賢明なる読者諸氏は私のいわんとするところがお分かりかと思いますが、

 唇の形状、筋肉の厚さ、歯の形、生え方など、地球上の人間一人として同じ人はいないのですから、

 ラッパを吹けば違う音がする。但し、同じような系統の音色というのはあるわけです。



 ウィーンフィルはなによりも、全体として如何に美しい音が出るか、に全員が気を配っているので、

 ウィーンフィル独特の音を「オルガントーン」などと表現します。

 ですから、あくまで仮定上の話、一般論ですが、ある音楽家がウィーンフィルに入ってみて、

 技術的には何にも問題がないが、残念ながら音色がちょっと合わないな、と判断されることは、あり得る。
 くどいけど、これは、一般論です。

 これはウィーンフィルだけではないですが、ウィーンフィルは特に敏感だ、ということです。

 ついでに書きますが、同じ楽器でも一番奏者には向かないが、二番としてなら採用しても良い、ということがあります。

 1番と2番でハーモニーを作る場合、2番が下(低い音)、1番が上(高い音)を吹きます。

 そして、1番がメロディーになるのです。

 1番の華やかさはないが、2番で下を支えるのには、いい音だ、という判断のされ方もあるのです。


◆コンサートマスターで、昔からいるあの髪の薄い(失礼)人はだれか?

 

 ライナー・キュッヘルという人です。奥さんが日本人です。

 キュッヘル氏の一日を以前NHKでドキュメンタリーで撮していましたが、

 驚いたのは、朝、起きると、顔も洗う前から、いきなりバイオリンをさらい始めるのです。

 放っておくと、1日中弾いているそうです。

 既に何十年もオペラとウィーンフィルの両方で弾いているのですから、大抵の曲は、弾けてしまうはずなのです。

 勿論コンクールなんか出る訳じゃない。

 それなのに、「な、なんだ、これは?」と仰天するほど、音楽のことばかり考えているようでした。

 キュッヘル氏は、しばしば単独で日本に来て、協奏曲のソリストを務めたり、

 室内楽(弦楽四重奏などのこと)を演ったりしていますが、そういうマネジメント、

 俗事は全て奥さんが取り仕切っているそうです。

 奥さんがいなくなったら自分は一日も生きてゆけない、と云っていましたが、そうでしょうね。

 非常にマニアックですが、キュッヘル氏は、バイオリニストですが、バイオリンをビオラの弓で弾くそうです。

 「このほうが、楽器が鳴る」と云って。



 一層マニアックですが、弦楽器の弓の長さは、どれが一番長いとおもいますか?

 一番大きいコントラバスだと思うでしょ?

 違うのです。バイオリンが一番弓が長い。そして、ビオラ・チェロ・コントラバスという順で短くなります。



  さて、ウィーンフィルのコンサートマスターといえば、以前は「ウィーンフィルの顔」、

 「ゲアハルト・ヘッツェル」という超有名な方がいらっしゃいました。

 世界のコンサートマスターの鑑のような方でした。

 経験の浅い指揮者は、リハーサルの合間に音楽的なことについて、ヘッツェル氏に教えを請うのだそうです。

 それぐらい偉い先生なのですが、いつも柔和な笑顔を浮かべる正真正銘の紳士でした。



 ソリストとしても勿論通用する、たぐいまれなる高度な音楽性とテクニックを兼ね備えていました。

 ある時、シェリングという有名なバイオリニストをソリストに迎えて、

 ブラームスのバイオリン協奏曲を演奏するはずだったのが、ドタキャンになりました。

 それもコンサートの3時間か4時間前だったそうです。
 どんなプロでも、いきなりブラームスのコンチェルトを弾いてくれと言われたら断るでしょうが、

 何と、ヘッツェル先生は、ブッツケ本番で、見事に弾いてしまったといいます。信じられないです。



 しかし、何と言うことでしょう。ヘッツェル先生は1992年、登山中足が滑って滑落、

 バイオリニストなので手を庇ったため、頭を打ち、不慮の死を遂げました。みんな泣きました。


◆ウィーンフィルはストラディバリウスなどの名器を使っているからいい音がするのか。

 

 いいえ、違います。

 驚く無かれ。ウィーンフィルの弦楽器は楽団の所有物なのです。

 楽器部屋に行くと、スタンドにずらーっとヴァイオリンがぶら下げてある。

 勿論、ウィーンフィル専従の弦楽器職人がいて、調整はしてあるのですが、

 楽器そのものは、プロから見ると、手に取るまでもなくはっきりと「安物」と分かるような代物なのだそうです。

 弦楽器では弓だけでも名器は何百万円もするのですが、ウィーンフィルは、

 引き出しにガシャっと放り込んであって、それを適当に持っていって弾くのだそうです。



 普通、楽器に関しては「弘法筆を選ばず」ということはあり得ないのです。

 ウィーンフィルでも管楽器はヤマハに特注しています。

 しかし、ウィーンフィルの弦楽器セクションは信じられないけれど、「そこらの安物」なのです。

 安物の楽器でも鳴らしてしまう腕を持った人々なのですね

 もっと書きたいのですが、時間が遅くなってきましたので、今日はこの辺で。


by j6ngt | 2006-01-04 19:30 | 音楽

ウィーンフィル・ニューイヤーコンサート、所感。「泣けました」

◆聴いていて、胸が苦しくなるほど、良かった。

 

 1日の生中継ときょうの再放送、さらにDVDに録画したもの、と3回聴いてしまった(3回目は途中だが)。

 聴いていて、こみ上げる感動で胸が苦しくなった。それぐらい良かった。

 私は日本ではウィーン・フィルを生で聴いたことがない。コネでもないとチケットが手に入らないのだ。

 ものすごく傲慢な云い方だが、聴いても良く分からないような人が大勢チケットを手にしているように思われる

(勿論、本当の愛好家のほうが多いだろうけど)。



 ロンドン駐在時には、簡単にチケットが買えた。

 日本では信じられないが、コンサートの1週間前でも日本で云うところのS席が5000円ぐらいで買えるのだ。

 ヨーロッパ人は各国とも自国に誇りがあり、ウィーンフィルを特別扱いしないのだ。

 ベルリン・フィルに対しても同様である。イギリス人は得にその傾向が顕著だ。

 そもそもイギリス人は英国は「ヨーロッパの一部ではない」、と思っている。本気で思っている。

 それでは、何かというと、“Great Britain”(「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国」

 =United Kingdom of Great Britain and Northern Ireland、略すときには、Theがつく。

 “The United Kingdom”。更に省略するときは、単に“U.K.”)なのである。

 大英帝国なのである。

 仕事場で同じ部署のイギリス人がヨーロッパ諸国のお客さんを往訪するときに、

 「来週、ヨーロッパに行ってくる。」という表現を用いるのが普通だった。


◆ヤンソンス氏は良いですね。

 

 話がそれた。

 “ウィーンフィル・ニューイヤーコンサート2006”を聴いていて、

 「ああ、ウィーンフィル!」という初歩的な感動に身が震えた。

 あの響きは、厳密には楽友協会ホール(Wiener Musikverein )で聴いてこそ

 「本物」のウィーンフィルの音になるはずである。ホールは楽器の一部である。



 ああ、ウィーンで、ウィーンフィルを聴いてみたいなあ・・・。もう無理だけど。



 ヤンソンス氏の評価が高いのが分かるような気がする。

 決して奇を衒わず、しかし、ワルツとポルカ(二拍子の早い曲)の組み合わせ。

 珍しいワルツを取り上げることなど、プログラムがかなり工夫してあった。

 ヤンソンス氏を見ていると実に音楽をしていることが楽しそうで、

 音楽の「楽しさ」を素直に感じることができる。それが聴く者を幸せにする。



 ウィーンフィルともなれば、ニューイヤーコンサートの全曲目を、指揮者がいなくても演奏できる。

 それは間違いが無い。

 そこで、何かの存在意義を示すのは指揮者とっては大変重い課題である。

 だからといって、何か変ったことをしようとして、

 ウィーンフィルに、音楽的な常識に反する注文をしてもバカにされるだけである。

 指揮者にとって一番大切な能力は、オーケストラが能動的に演奏する意欲(俗な云い方をすれば「ノリ」であろうか)、

 を引き出すことである。


◆指揮者にとって大事なこと。

 

 岩城宏之さんが30年も前に書いたが、ずっと絶版で、最近復刊された、

 岩城音楽教室は専門的なことばなど、全く使われていないが、

 音楽の本質に関わることが沢山述べられていて、大変面白い本である。



 この中で、岩城さんがかつてカラヤンに指揮のレッスンを受けたとき、

 カラヤンが「君は、もの凄く表現しているが、君が振る(注:指揮する)と、

 ときどき、オーケストラから汚い音が出る。力を抜きなさい。」

 さらに、「オーケストラを『ドライブ』するのではなく『キャリー』(carry)するのだ。」と言われた、とある。



 つまり、指揮者はオーケストラに命ずるのではなく、やる気を引き出させて、

 しかも気が付くと指揮者の欲する音楽になっている、というのが理想的な形なのだということで、

 これはいろいろなところで、色々な人が述べている。

 カラヤンは自分でジェット機を操縦したが、初めて自分で飛ばすとき、

 教官から「貴方にとって一番大切なのは、飛行機が飛ぼうとするのをじゃましないことだ」と云われたという。

 私は乗馬の練習に行ったことはないが、乗馬を教わると、同じようなことを云われるらしい。



 オーケストラを馬になぞらえるのは失礼だが、飛行機の操縦に関しては、

 ベルリンフィルのコンサートマスター、安永徹さんがある対談で(安永さんは飛行機を操縦するわけではないが)、

 「それは、核心をついていますね。神髄ですね」と大いに同意していた。

 云うのは簡単だが、なかなかそういう境地にたどり着ける指揮者はいない。

 ヤンソンス氏は多分、その境地に達しているのであろう。

 私のごとき凡人には、「だろう」としか云えない。

 プロの音楽家や、専門的な訓練を受けた方、オーケストラで弾いておられる方でなければ、本当には分からない筈だ。



 但し、素人目にもわかることがあった。ヤンソンス氏は見栄を張らない真面目な人だと言うことだ。

 全部、スコア(総譜=オーケストラ全てのパートが書き込まれた楽譜。各楽器の奏者の譜面台にはパート譜、

 つまり自分のパートだけをスコアから抽出した楽譜が置いてあるのだ)を見ていたでしょう?

 ニューイヤーコンサートというと、大抵暗譜で振るものだが、実は音楽にとって暗譜かどうかはさほど重要ではない。



 そもそも、昔の大指揮者・トスカニーニという人が非常な近視で、

 譜面を置いたとしても、3センチぐらいまで顔を近づけないと見えず、

 それでは、ステージ上で不便だし、あまりにかっこ悪いので、やむを得ず暗譜するようになり、

 それがカッコいいというので、次第に世界中の指揮者が暗譜をするようになったのだ。

 暗譜は、音楽演奏上の決まりでも何でもない。

 むしろ、暗譜に費やす時間を、音楽の解釈に時間をかけるべきだと考える人は、今でも楽譜を見ながら指揮をする。



 それにしても、ヤンソンス氏は、今まで何百回も振ったに違いない「フィガロの結婚」序曲

(今年はモーツァルト(1756~1791)の生誕250年なので、ニューイヤーコンサートでも「フィガロの結婚」序曲

 が演奏されたのだろうが、これは大変珍しい)まで、忠実にスコアを見て、ページをめくりながら演奏していた。

 オペラを演るときならともかく、ステージ上でベテラン指揮者が振る光景としては、非常に稀である。

 しかし、その「フィガロ」の演奏が終わるやいなや、ブラボーが飛んだ。私も全く同じ気持ちだった。


◆音楽のすばらしさを思い出させてくれた。

 ヤンソンス氏とウィーンフィルの演奏は、エネルギーと躍動感に満ちあふれ、

 一方、優雅な場面ではあくまでも美しく、要するに「これぞ、音楽のすばらしさだ」と叫びたくなる、「血湧き肉躍る」演奏だった。

 私はこれまでに、ニューイヤーコンサートをテレビを通じて、或いはCDで、何十回聴いたか分からない。

 毎年聴いていて、もう飽きたと思っていたような曲で、しかも、無類に明るく楽しい音楽なのだが、

 「ああ。これこそ音楽だ。私が30年憧れ続けている音楽だ。」という気持ちが身体じゅうを貫いた。

 知らぬ間にボロボロ泣いてしまった。

 書きたいことはいくらでもあるが、きりがないので、ひとまず、筆を置くことにする。


by j6ngt | 2006-01-03 19:28 | 音楽

「長き世のとをの眠りのみな目覚め波乗り船の音のよきかな」1月2日の夜に見る夢を初夢と云う

◆季節の行事の消失は仕方ないけど無風流ですなあ。

 

 昔は日本の各家庭で、私などはずっと東京だが、それでも季節の行事があったものである。

 初夢を語るのに、いきなり話が飛ぶが、夏はお盆(盂蘭盆=うらぼん)の入りには、お迎え火、終わりにはお送り火を焚いた。

 その季節には「おがら」という麻の皮を剥いだ茎の部分を乾かしたものを、花屋さんで、売っていた。

 これに火を付けて煙りを出すのである。

 「おがら」は中が空洞になっていて、燃やすと良く煙が出る。



 ご先祖様はこれに乗って、あの世から夏休みに遊びに来るのだと子供の頃、祖母から教わり、

 なるほどそういうものか、と、私は他愛なく信じていた。

 お迎え日もお送り火も、残り火を消すときには、バケツの水をかける、などという乱暴なことをせずに、

 私の家にはヤマブキ(という植物)が生えていたから、その枝を小さく折り、

 葉っぱ毎水の入ったコップに浸し、その枝に付いた水滴をパラパラとおがらの燃えかすに振りかけて、丹念に消すのであった。



 床の間には明かり(提灯ですね)を飾り、仏壇にはご先祖様のために御馳走を供えるのである。

 お盆の最終日には、お送り火をお迎え日と同じように焚き、皆で手を合わせ、

 「また来年もいらしてください」と祈るのであった。

 子供心に、死後何年も経っている故人をこのように丁寧に供養するとは、何という美しい習慣であろうか、と思った。

 損得勘定でできることではないのだ。死んだ人を供養しても一文の得にもならない、

 という発想しかできない人は、悪いが、育ちが悪い人だ。

 残念ながら、これは、東京の人口がもっと少なくて、

 家と云えば戸建ての一軒家を指すのが当たり前だった時代だったからこそ可能であり、

 今の東京は庭のある家でもみだりに「たき火」ができないらしい。

 事前に消防署に届けなければならない。なんという無風流。

 今の東京の子供は、たき火で焼いた焼き芋の味を知らないのだ。


◆年始廻り

 

 初夢の話をするのにお盆の話が長くなってしまった。

 尤も昔は、めでたいことが重なると、「盆と正月が一遍に来たようだ」という慣用句で喜びを表したように、

 お盆は年中行事の中でも正月に次ぐ「ビッグイベント」だったのだ。



 正月の話だった。

 正月の行事と言っても、地方により、また各家庭により千差万別であろう。

 私が苦手だったのは、元旦に親父が羽織袴に着替え、近所に一軒一軒、年始の挨拶をして回る時に、

 「お供」をさせられることで、これは、小学校中学年ぐらいまで続いた。

 どうして、我が家が挨拶に出向くのかというと、近辺では大正14年生まれの父が一番「目下」だったからである。

 挨拶は、目下が目上にするものである。

 私は引っ込み思案の子供で、よそのお宅を訪問したり(年始回りは玄関先だけだが)、

 お客さんが自宅に来たときに、出て行って挨拶をするのが、恥ずかしくてたまらない。

 だから毎年元旦は憂鬱であった。

 しかし、今にして思えば、あのような「きちんとした」行儀、礼節、という習慣の存在を知っていて良かったと思う。

 こういう習慣が廃れてきたのと人心がギスギスしてきたのは、無関係ではないような気がする。

 昔は一見無駄なことをすることにより、気持ちに余裕ができていたのだろう。


◆初夢

 

 さて、漸く初夢である。

 何日に見る夢を初夢というか、調べてみたら、次のような説明であった。

 

「はつゆめ【初夢】
新年に初めて見る夢。夢占(ゆめうら)としてその年の吉凶を占う。当初は除夜の夢であったが,除夜には寝ない習慣のせいか江戸中期から元日の夜の夢となり,他の事始めが2日なので2日夜の夢となった。室町時代から宝船を枕の下に敷いて寝ると吉夢を見るという風習が広まった。吉夢を順に並べて〈一富士・二鷹・三茄子(なすび)〉などという。」


 今でも元旦の夜を初夢としている人がいるようだが、まあ、これは各家庭の習慣と云うことで良かろう。

 私が生まれ育った家では、1月2日の夜を初夢としていた。

 引用した説明にあるように、宝船を枕の下に敷くのが、本来の姿だが、

 現代では簡略的に、折り紙で宝船を折り、その上に、

「長き世のとをの眠りのみな目覚め波乗り船の音のよきかな」(ながきよのとおのねむりのみなめさめなみのりぶねのおとのよきかな)

 という、見事に回文になった和歌を書く。本当は七福神の絵が描いてあると更に良いこれを枕の下に敷いて寝る。

 これで、縁起の良い初夢が見られる。

 こういうときに、「科学的根拠は?」などと云うものではない。

 無風流だ。

 信じれば、良いのである。


by j6ngt | 2006-01-02 19:26 | クラシック

「ウィーン・フィル、ニューイヤー・コンサート」まだ演奏されていないCDの売上げが一位というのもすごいね

◆ネットショップを見てびっくり。

 

 ウィーンフィルのことを検索していたらネットCDショップで「ウィーンフィル・ニューイヤーコンサート2006年」が売上げランキング1位になっているのを見てびっくりした。

 毎年こうなのだろか(私は、ニューイヤーコンサートのCDを常に買うわけではないので、知らないのだ)?

 2006年のウィーンフィル・ニューイヤーコンサートは現在演奏中であり、従って、CDはまだ製作されていないのだが、予約で、売上げ一位なのだ。


◆ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

 

 日本語では「管弦楽団」がついているが、ドイツ語の本来の名称は、「Wiener Philharmoniker」である。フィルハーモニーカーとは「音楽愛好家」が元来の意味である。

 ウィーンフィルは普段は、「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」である。

 ニューイヤーコンサートやウィーンフィルの定期演奏会が演奏されるのは、「ウィーン楽友協会ホール」だが、

 それとは別に、ウィーン国立歌劇場(シュターツ・オーパー)というオペラハウス(=歌劇場)があり、

 そこで、オペラの伴奏をするのが本業である。



 「ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団」は「ウィーン国立歌劇場管弦楽団」の有志によって、

 自主的に運営されているオーケストラであり、謂わば「同好会」なのである。

 一方、昨夜ジルベスターコンサートを行い、日本人の安永さんがコンサートマスターを務めるベルリンフィルハーモニー管弦楽団は、

 N響や、シカゴ交響楽団や、ロンドン交響楽団と同じように、

 もっぱら、交響曲をはじめとする、管弦楽のための作品を演奏するためのオーケストラである。

 何故、ウィーン・シュターツ・オーパーのオーケストラから、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団が誕生したか?

 オペラは、歌手が主役。オーケストラは「伴奏者」であり、ずっとピットという「あなぐら」に入ったままだ。

 誰が弾いたり、吹いたり、叩いたりしても、ごく一部を除き、お客さんからは見えない。

 どんなに名演奏をしても、拍手喝采を浴びるのは、歌手である。

 オペラの伴奏に徹していたら、一生、交響曲など演奏できない。

 たまには、自分たちがオモテに出たいという自然の欲求によるものだろう。

 しかし、あくまで本職はオペラで、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団は、誤解を恐れずに云うなら「趣味」の活動なので、

 コンサート専門のオーケストラに比べて、定期演奏会の回数はとても少ない、1シーズンで8回ぐらいではなかったか。

 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の定期演奏会の会員はウィーン市民の中でも特定の人たちが代々受け継いでゆくので、

 滅多なことでは新規で定期の会員にはなれない。聴く方も筋金入りの「プロ」なのである。

 だから、「ウィーン・フィルの定期」の指揮者に選ばれる(楽員の投票で決める)、ということは、

 世界中の指揮者にとって、「夢」なのだ。



 ましてや、本業のウィーン国立歌劇場管弦楽団の音楽監督が日本人の小澤征爾であるということは、

 目も眩むほどの栄誉なのである。


◆マリス・ヤンソンス氏(指揮者)

 

 実は、私はこの人の演奏を聴いたことが無い(生で)ので、評価を下すことは出来ないが、

 ウィーンから伝わる噂では、評価が厳しいウィーンフィル定期会員の間で絶賛されており、

「今、ウィーン・フィル定期にいつでも来て欲しいのは、ヤンソンス氏だ」とまでいわれているそうな。

 1943年1月14日、ラトビア生まれ、というから、既に62歳。

 ラトビアは現在は独立国だが、ヤンソンス氏が生まれた頃は旧ソ連に属していた、

 バルト3国(エストニア、ラトビア、リトアニア)の一つ。ソ連から独立したのは、1991年である。

 指揮者は誠に厳しい世界で、ヤンソンス氏も既に何十年も音楽をしているが、

 近年になってようやく、しかし、あっという間に有名になった。

 ヤンソンス氏はヨーロッパの数あるオーケストラの中で、ウィーン、ベルリン両フィルハーモニーを超A級とすれば、

 それに次ぐ、それでも十分世界的に見て超一流のオーケストラの常任指揮者を2つも兼任しているのだ。

 2003年からは、バイエルン放送交響楽団の首席指揮者に。

 2004年には、オランダのロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団(「コンセルトヘボウ」とは、「コンサートホール」の意味。

 昔はこのオーケストラは、「アムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団」という名称だった)の常任指揮者に就任、

 というのは、今までの常識では考えられないほどの快挙であり、並の音楽家ではないことが十分推察できる。


◆ウィンナー・ワルツはウィーンのオーケストラでなければ、弾けない。

 

 ここから後は、クラシック・ファンは、既によくご存じだと思うけれども、お付き合い頂ければ幸い。

 ニューイヤーコンサートのプログラムの中心は、ウィンナー・ワルツ、

 つまりヨハン・シュトラウス(これ、父子共に作曲家なのだが、同じ名前なのでややこしい。

 面倒なので、しばしば、「ヨハンシュトラウス父子のワルツ」という)が作った作品群を中心とする、ウィーンで育った作曲家が作ったワルツである。

 これは、譜面を音にするだけならば、他でも出来る。

 勿論、日本のオーケストラでも出来る。

 しかし、ウィンナー・ワルツをウィンナー・ワルツたらしめているのは、伴奏のリズムにある。



 ウィンナー・ワルツにおいて、気持ちよくメロディーを弾いているのはもっぱら第一バイオリンである。

 第2バイオリン・ビオラは大変である。

 3拍子をしばしば「ブン・チャッ・チャッ」と表現する。

 一拍目の「ブン」はベースである。チェロ・コントラバス、チューバなど。

 2拍目、3拍目の「チャッ・チャッ」をずーーーっと弾くのが、第2バイオリンとビオラである。

 プロでも本当に腕が辛くなるそうだ。

 しかし、この伴奏者こそ、「ウィンナー・ワルツ」の影の主役である。

 ウィンナー・ワルツにおいて、3拍子の「ブン・チャッ・チャッ」は等間隔で演奏されず、

 一拍目と二拍目の間隔が普通の三拍子よりもわずかに短い。

 このわずかなリズムの特殊性が「ああ、ウィーンだ」と思わせるのである。

 これは、マネできそうだが、ウィーンで生まれ育ち音楽を身につけた者以外の音楽家が演ると、どこか違ってしまうのである。

 ウィーン人にはこのリズムが遺伝子に情報として組み込まれているに違いない。いくらよそ者が演ってもダメだ。



 言葉における「お国なまり」=「方言」のようなものだろう。

 何となく真似はできるが土地の人が聴いたら一遍で「あ、どこか違う」とばれてしまう。

 というわけであるから、ウィンナー・ワルツは、ウィーンのオーケストラ(ウィーンフィル以外にも、

 いくつかオーケストラがある)以外では聴かない方がいい。

 故・芥川也寸志氏(作曲家)がやはり、そう書いている。

 「餅は餅屋です」。


◆昨年は聴けなかったラデツキー行進曲
 

 ニューイヤーコンサートでは、絶対に変えない「しきたり」がある。

 主なプログラムが終わってから、何曲かアンコールが演奏され、

 漸くウィンナー・ワルツの代名詞、「美しき青きドナウ」が演奏される。あれは、アンコールなのである。

 その後、本当の最後に「ラデツキー行進曲」が演奏され、この時は聴衆も手拍子をする

(一年を通じて、ウィーン・フィルが演奏している最中にお客が音を出すのはこの時だけ、である)。

 これで「お開き」となるのが、「ウィーンフィル・ニューイヤーコンサート」というものである。



 ところが、昨年のニューイヤーコンサートでは、数日前にスマトラ島沖大地震により、20万人が亡くなった直後であったため、

 指揮者ロリン・マゼール氏はラデツキー行進曲の演奏を止めることにした。

 やむを得ないが、寂しいことであった。 今年はそれが聴ける。めでたいことである。

 なお、ニューイヤーコンサートは、再放送がある。

 1月3日午前11時から、NHK教育テレビで。ご参考まで。


by j6ngt | 2006-01-01 19:22 | 音楽