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「第九」の歌詞は何を訴えているのか。

◆オーチャードホールで第九を演っていましたね。

 

 キー局がテレビ東京なので、日本中では一体どれぐらいの人が見ることが出来たのか、或いは見たのかわからない。

  毎年、東京・渋谷のオーチャードホールでテレ東企画(実際には番組製作会社企画だろうが)のシルベスターコンサートが行われ、生中継される。

 このコンサートの目玉は「カウントダウン」と称して、演奏時間が15分程度の曲を演奏し、

 その最後の音が、丁度、元旦の0時0分0秒に終わるようにするのである。



 演奏者、特に指揮者にとっては、嫌な企画だろう。

音楽そのもの以外の事に異常に神経を使わなければならないからである。

 音楽は、途中で拍子が変らなければ、一小節の拍数は決まっていて、

 一曲の小節数は、頭から数える必要は無く、楽譜の所々に何小節目かがかいてあるので、容易に知ることが出来る。

 従って、その曲全体が、合計何拍であるかを算出し、演奏時間を決めれば、演奏時間を拍数で割ることにより、

 一拍あたり何秒で振ればよいか計算できる(普通はテンポはメトロノーム速度、

 即ち一分間に四分音符を80個のテンポで演奏せよ、という形式で指定される)。



 しかし、それは、理屈であって、クラシックの曲を最初から最後まで、歌謡曲のように、

 同じテンポで演奏すると云うことはあり得ない。

 あるところでは、遅くなり、そうしたら、演奏終了を何としても午前0時丁度にするためには、

 どこかでその分を取り戻すべく、テンポを上げなければならないが、コンピューターじゃないから、

 そこは指揮者の勘を頼りにするしかない。


◆絶対テンポ感

 

 そんな言葉はないのだが、現実には、指揮者になるような人は、この能力がないとやっていけないと思う。

 適切なテンポを設定するのは、指揮者の一番最初のしかし、非常に大切な役割である。



 指揮者の岩城宏之さんは、時計を用いないで、正確に1分間を測ることができるという。

 今日、オーチャードホールのジルベスターコンサートでは、

 何とベートーベンの交響曲第九番の第4楽章で「カウントダウン」を行ったわけである。

 指揮者は、私が子供の頃サインを貰った、「コバケン」こと、小林研一郎氏で、見事に成功を収めた。

 最後の合唱の部分が終わると、すごいアッチェレランド(段々早く、の意。逆がリタルダンド「段々遅く」だ)をかけて、

 聴いているこちらも、間に合うかどうか冷汗をかいたが、ドンピシャリであった。


◆第九の歌詞はシラーの詩からとったものだ。

 

 シラーの詩をベートーベンが用いたことや、

 一番最初のバリトン・ソロ、

 「オー、フロインデ。ニヒト・ディーゼ・テーネ」は、英語にすれば、

 “Oh,my friends! Not such a tone”(おお、友よ。このような音ではなく・・・)

 で始まる事は知っているが、最後まで逐語的にドイツ語の歌詞を理解している人は少ない。

 実は私も大雑把にしか分からぬ。



 だが、要するに、「人類愛」、つまり人類は皆兄弟なのだ、という事を強く訴えている。

 この詩を理解したからといって、国際紛争が無くなるような単純な世の中ではないことは百も承知だが、

 シラーの言葉は、理想としては高邁(気高く、すぐれていること)である。

 そこで、この詩を刻んで、平和を祈念しつつ、本年の日記を結びたい。


◆第九の歌詞の意訳。

 

 実際の音楽では、同じ部分がソロで歌われた後、合唱で歌われるなど、繰り返しが多いが、

 あの15分間で歌われているのは、以下の通りである。

 

 おお、友よ! このような調べではない!

 そんな調べより、もっと心地よく歌い始めよう、喜びに満ちて。

 歓喜よ、美しき神々の煌めきよ、

 エリジウム(楽土)から来た娘よ、

 我等は炎のような情熱に酔って

 天空の彼方、貴方の聖地に踏み入る!



 一人の友人を得るという

 大きな賭けに成功した者よ、一人の優しい妻を努めて得た者よ、

 その歓びの声を一つに混ぜよ!

 そう、この地球上でただ1人の(一つの心と呼ばれる)者も!

 そして、それが出来なかった者は、この集まりから涙を流してひっそりと去る。



 全ての生物は、

 自然の乳房より歓喜を飲む。

 そして、善きもの、悪しきものも全て薔薇色の跡を付けていく。



 歓喜は我等に口づけと葡萄、そして死の試練にある一人の友を与えた。

 官能的な快楽は虫けらに与えられ、そしてケルブ(智天使)は神の御前に立つ!



 喜ばしきかな、太陽が壮大なる天の計画に従って飛ぶが如く、

 兄弟達が己〔おの〕が道を駆け抜ける、勝利に向かう英雄のように喜ばしく。

 抱〔いだ〕かれよ、数多〔あまた〕の者よ! この口づけを全世界へ!



 兄弟達よ!星空の彼方に 愛する父(なる神)がおられるはずだ。

 地にひれ伏さぬのか? 数多の者よ。 創造主(の存在)を感じるか? 世界よ。

 星空の彼方に求めよ! 星々の彼方に彼の御方(神)がおられるはずだ。


by j6ngt | 2005-12-31 19:19 | 音楽

日本は、外国に誘拐された一般人さえ取り返せないのに、プロの外交官を構うわけがない。

 

 上海日本総領事館の領事(46)=当時=が中国当局が用意した色仕掛けにハメられ、 昨年5月に自殺していたことが分かった。

 27日発売の週刊文春によると、亡くなった領事は外務省と領事館の暗号通信を担当。

 領事の自殺は暗号解読をねらった中国当局の執拗な恫喝が原因だったとみられ、中国政府の外交官に対する非道な工作活動に波紋が広がるのは必至だ。



 週刊文春によると、領事は昨年5月6日午前4時ごろ、上海総領事館の宿直室で首をつって自殺した。

 領事は旧国鉄出身で、分割民営化後に外務省に入省した。米・アラスカのアンカレジやロシアに勤務した後、平成14年3月に上海総領事館に単身赴任した。

 赴任後、領事は同僚に連れられ、外国企業が多く集まる虹橋地区にあるカラオケクラブに足を踏み入れる。

 そして、1人のホステスに魅せられ、足しげく出入りするようになった。

 クラブは事実上、個室で、ホステスが“接待”してくれる。そのうち、ホステスは中国当局に摘発され、

 取り調べで上客だった日本人の名を供述するよう強要された。

 供述の中に領事の名前があることに目を付けた当局は、15年6月、このホステスを利用して情報機関に所属する工作員の男に領事を接触させた。

 当初、工作員は機密レベルの低い情報提供を要求。領事は昨年4月に外務省へ転属願を提出し、ロシアの総領事館に転勤が決まったが、

 工作員の男は、ホステスとの関係を「領事館だけでなく、本国にバラす」「(女性との)関係はわが国の犯罪に該当する」と何度も脅迫した。

 同年5月に入り、工作員の脅迫はエスカレートし、転勤先のロシアの情報も提供するよう迫られた。

 きまじめだった領事は工作員と深い付き合いとなってしまったことに責任を感じ、総領事や妻、同僚に計5通の遺書を残して自殺。

 総領事あての遺書には「自分はどうしても国を売ることはできない」などと記されていたという。

 領事は外務省と総領事館の衛星通信や情報伝達を担当する「電信官」で、

 総領事しか知らない国家機密も把握。特に衛星通信に使われる極めて複雑な暗号の解読方法を熟知していた。

 中国当局はこの暗号に強い関心を示し、領事が転勤と決まるや何とかして暗号の解読を引き出そうと、強い圧力をかけたものとみられる。

 冷戦さながらの色仕掛けによる諜報(ちょうほう)戦。

 外務省は、国を守ろうと“殉職”した職員について事実関係を一切、公表していない。[ 2005年12月27日13時0分 ] (夕刊フジ)


◆コメント:外交官は「公認スパイ」なんだから、狙われるのですよ。

 

上海の領事の自殺事件をすっぱ抜いたのは週刊文春で、その内容は引用した夕刊フジが要約したとおりである。

 安倍官房長官があっさり自殺の事実を認めているが、背景に関しては一切説明しないところを見ると、恐らく文春が書いている通りなのだろう。

 自殺した領事には気の毒だが、見事に中国にはめられた、という他はない。



 外交官と云えば聞こえはよいが、どこの国の外交官も外国に駐在する最も大きな職務は「情報収集」である。

 いくら情報量がマスコミを通して増えたとしても、直接その国に住んで見なければ実情は分からない。

 情報と云っても、風俗習慣。文化的相違ということではない。

 それぞれの母国にとって役に立つ、又は(潜在的)脅威となるような動きが他国で起きていないか、

 いち早く情報を入手出来るようにするために、その国の中枢部となるべく人脈、つまり情報源を確保するのが外交官の重大な任務であり、

 逆にわが国がその国に対して如何なる外交的思惑を持っているのか、決して一般国民には知らされないような情報を知っているのが、外交官である。

 「外交官とは公認スパイだ」と書いたのは、そういう意味である。

 だから、相手国の政府は、そこに駐在しているわが国をはじめとする他国の外交官から、出来るだけそれぞれの国の外交政策に関する情報を引き出そうとして、

 しばしば今回のような汚い手を使うのは「常識」である。

 夕刊フジは「冷戦さながら」などと見当違いなことを書いているが、冷戦も何も外交とは、そういうものなのだ。

 大まかなこの世界の「雰囲気」を知りたければ、フレデリック・フォーサイスの小説の数々、

 わが国なら麻生幾のZEROという小説を読むと良く分かるだろう(フォーサイスはロイターだったか通信社勤務が長かったから、

 外交のウラを良く知っている。また、麻生幾の小説では日本の公安警察と か警察庁の外事課の人間が中心で、

 外交官ではないのだが、中国政府の謀略に対峙するストーリーで、かなり綿密に取材しているため、

 外交の裏幕をここまで赤裸々に描いた本は読んだことがない、と玄人が感心しているぐらいの本である)。

 だから、自殺した外交官には気の毒なのだが、女でひっかけられて脅迫され、わが国の機密情報の提供を迫られる、

 などというのは、はっきり言ってドジなのである。

 プロならば、中国側が女を使って接待してきた時点で、ピンと来なくてはいけないのである。

 日本政府は自国の外交官も守れないのかと書いている人がいるが、守りようがない。

 勝手に「色仕掛け」にあって、簡単に騙されてしまったのだから。


◆騙されたプロより、誘拐された素人(拉致被害者)を何とかしろよ。

 

 繰り返すが、今回の件は、気の毒だが、自らの意思で、危険を伴う外交官という職業を選んだ人物が、

 プロであるにもかかわらず、海外駐在中に現地政府のスパイにさせられかけたということである。

 つまり、本人にも責任がある。

 しかし、北朝鮮に拉致されている日本人は、全く何の責任もなく、北朝鮮が日本の主権を侵害して(密入国とは他国の主権を侵害することである)、

 市井の一般人を誘拐し、しかもその国の最高責任者が「ああ、誘拐したよ」と平然と云っているのだ。

 国連憲章なぞが出来る前、第2次大戦以前なら、宣戦布告しても構わないようなとんでもない状況なのである。

 横田めぐみさんの父上は、長年の心労が祟ったのであろう。先日倒れて入院してしまった。 

 それにもかかわらず、わが国の首相は「拉致問題の解決無くして国交正常化無し」といいながら、口先ばかりではないか。

 毎週映画をみたり、オペラを見たり、毎日行われる記者会見を聴いても「北朝鮮」の言葉が発せられることは殆ど皆無で、やる気が無いのは明らかである。



 自国民が他国に誘拐されたままになっているのが明らかだというのに、こともあろうに現職の内閣総理大臣が、

 重大な国政選挙である衆議院選挙を、「郵政民営化の是非『だけ』が問われる選挙だ」といってのけたのは開いた口が塞がらなかったし、

 それを支持した有権者の責任も重い。


by j6ngt | 2005-12-30 19:17 | 外交

「米兵ひき逃げ、3人重軽傷=「公務」で即日釈放」←小泉さん。対米関係は「改革」しないのですか?

◆記事1:米兵ひき逃げ、3人重軽傷=「公務」で即日釈放-小学生男児、横断歩道で・東京

 

 東京都八王子市で22日、米軍厚木基地(神奈川県)の女性上等水兵(23)がひき逃げ事故を起こし、

 小学生の男児3人が重軽傷を負っていたことが28日、分かった。

 警視庁が業務上過失傷害と道交法違反(ひき逃げ)の疑いで緊急逮捕したが、

 米軍から「公務証明書」が出されたため、日米地位協定などに基づき、即日釈放した。

 小学生が被害者になっていることや、逃走していることなどから、米軍の「特権」がなければ釈放されないケースだった。

 八王子署の調べでは、事故は22日午後1時ごろ、八王子市大谷町の国道交差点で発生。

 横断歩道を渡っていた近くの小学3年の男児3人が北上してきたボックス車にはねられ、数メートル飛ばされるなどした。

 9歳の男児が鎖骨骨折や胸部打撲など重傷を負って入院。ほかの2人も頭部打撲などの軽傷。(時事通信) - 12月29日6時3分更新


◆記事2:首相動静(12月29日)

 

 午前10時現在、公邸。朝の来客なし。

 午前中は来客なく、公邸で音楽鑑賞などして過ごす。

 午後も来客なく、公邸で家族と過ごす。

 30日午前0時現在、来客なし。(了)


◆資料:日米地位協定 第十七条(抜粋)

 1(b) 日本国の当局は、合衆国軍隊の構成員及び軍属並びにそれらの家族に対し、日本国の領域内で犯す罪で日本国の法令によつて罰することができるものについて、裁判権を有する。

 3 裁判権を行使する権利が競合する場合には、次の規定が適用される。

(a) 合衆国の軍当局は、次の罪については、合衆国軍隊の構成員又は軍属に対して裁判権を行使する第一次の権利を有する。

(i) もつぱら合衆国の財産若しくは安全のみに対する罪又はもつぱら合衆国軍隊の他の構成員若しくは軍属若しくは合衆国軍隊の構成員若しくは軍属の家族の身体若しくは財産のみに対する罪

(ii) 公務執行中の作為又は不作為から生ずる罪

(b) その他の罪については、日本国の当局が、裁判権を行使する第一次の権利を有する。

(c) 第一次の権利を有する国は、裁判権を行使しないことに決定したときは、

 できる限りすみやかに他方の国の当局にその旨を通告しなければならない。

 第一次の権利を有する国の当局は、他方の国がその権利の放棄を特に重要であると認めた場合において、

 その他方の国の当局から要請があつたときは、その要請に好意的考慮を払わなければならない。


◆コメント:要するにどういう事かというと、

 

 日米地位協定の基礎にあるのは、日米安保条約です。

 日本は日本の領土内に在日米軍を設置してその自由使用を認めるから、

 アメリカは日本を防衛せよというのが、安保条約ですね。



 それで、守ってもらっているから(私は、彼らに本気で守る気があるとは思えませんが)、

 アメリカの兵隊さんは特別扱いしますといって、その特別扱いの内容を細かく定めたのが、

 日米地位協定です。


◆日米地位協定17条がくせ者なのです。

 

 特別扱いで、最も揉めているのが、在日米軍の軍人が日本国内で犯罪を犯したときの扱いです。

 アメリカ兵がどこか夜遊びに行って、日本人をぶん殴ったら、

 これは文句なしに日本が被疑者の身柄を拘束して取り調べを行うことができるのです。

 しかし、米兵が日本国内で「公務中に」犯した犯罪の場合は、

 米国側に一次裁判権を認めており、身柄拘束も裁判も米国側が行う、と17条で定めてある。

 今回も17条を利用したのですが、米国側の権利の濫用だと思います。


◆保護法益

 

 どこの国でも、外国人が犯罪を犯したら、その国の法律で裁かれます。

 犯罪と刑罰に関する法律を「広義の刑法」といいます。

 「『刑法』という名前の法律」を「狭義の刑法」といいます。

 刑法は、いろいろな行為を犯罪と定めることによって守ろうとしている国民の利益があります。

 これを「保護法益」といいます。

 例えば、殺人罪の保護法益は、国民の生命ですし、窃盗罪の保護法益は、国民の財産(権)です。



 犯罪行為によって、被害が出た場合、保護法益が侵されたこと自体が問題なのです。

 その違法行為の主体が自国民であろうが外国人であろうが、迷惑を受けた人がいることに変わりはない。

 だから、外国人と云えどもその国の法律に従わざるを得ない。属地主義が原則です。


◆アメリカの顔色をうかがいすぎです。

 

 日本の治安を守るために刑法があるのですから、

 アメリカ軍の軍人(兵隊)が仕事中であろうがなかろうが、関係ないのではないでしょうか。

 強く出ると、アメリカに守って貰えなくなる、とビクビクするからなめられる。

 それとこれは話が別。日米地位協定17条こそ改正するべきです。



 沖縄の大学の敷地に米軍ヘリコプターが墜落しても、「公務証明書」の紙切れ一枚で、

 日本の中の出来事なのに日本の警察が現場を見ることすら出来ないというのは、明らかにおかしい。

 このまま行くと、小学生レイプ事件のときはさすがにおとなしくしていたアメリカ兵が、また、図に乗ります。

 「公務証明書」さえ出して貰えば、泥棒しても、人殺しをしても、

 アメリカ兵を取り調べることが出来ない、ということになりかねない。

 そんな馬鹿な話はないでしょう。


◆17条を改正するべきです。小泉さん、「改革を止めたらいけない」のでしょ?

 

 例外を認めず、米軍軍人が日本で犯罪を犯したら、公務中であろうがなかろうが、

 日本が取り調べ出来るように、日米地位協定第17条を改正するべきです。

 ところがわが国の首相は、どうでしょう?、記事2を読んで下さい。

 子供が3人も米兵の車にはねられた(目撃者によると、クルマにはねられた子供はあたかも高速のマット運動でもするかのごとく、

 20メートルも転がったそうです)というのに、

 事故の翌日である29日、なーんにも考えないで遊んでいますよ。



 「改革を止めてはいけない」と百万回は繰り返してきた小泉首相ですから、

 対米関係でも是非、「改革」の手を緩めないで欲しいですね。


by j6ngt | 2005-12-29 19:07 | 対米関係

「プロジェクト X」は、やはり、良い。

◆NHKで「プロジェクトX」特集を放送していましたね。

 

 「プロジョクトX」が終了するにあたって、「視聴者が選んだプロジェクトX」を放送している(12月28日(水)21時40分現在)。

 昨今、NHKに対する風当たりが強く、受信料の支払いを拒否する人は「プロジェクトX」を見たことがあるのだろうか?

 他にも優れた番組はあるかも知れないが、少なくとも誰もが見られる時間帯に放送された番組で、

 これは、極めて少ない「見るべき」番組だった。

 仕事をしている人間なら、「青函トンネル」、「VHS」、「スバル360」、「富士山レーダー」、

「生体肝移植」、「南極観測隊」(あくまで、たまたま今、私の頭に浮かんだテーマを書いただけで、それ以外の「作品」が劣るという意味では決して、無い。)

 を見て、感動しない方がおかしい。


◆かなり、忠実に丹念に取材している。

 

 この番組を作った中核は30代のNHKスタッフだというから感心する。

 しかも、ヤラセは入っていない。

 「生体肝移植」に関しては、親戚があのチームにいたので、実際の様子を聴いていたし、親戚の者も、

 「番組の内容で事実に反することは一つもない(もちろん、番組で取り上げていない、細かい話は沢山あるが、

 それは、番組を一定時間内に収めなければならないのだから、やむを得ないだろう)」、と云っていた。


◆泣けますよね。

 

 あの番組を見て、泣いたことがあるか否かで、その人間の感受性がある程度推察できる、と私は「独断的」に、思っている。

 感受性は、さておき、 毎回感心するのは、登場する市井の一般人が皆、持っていた「仕事への責任感、使命感」、である。

 スバル360を作った人々は、途中、強度に問題があることがわかり、はじめから設計をやり直した。

 青函トンネル工事中に岩盤が崩れ大量の海水が流入したとき、責任者は、逃げようとしなかった。

 日本で初めての生体肝移植を行った島根医大の永末医師は、もしも、手術が失敗したら、

 大学を追われるどころか、医師を辞めなければならないことまで、覚悟した。




 いけしゃあしゃあと、人命に危険を及ぼす可能性がある、欠陥建築物を設計したり、

 売ったりしている今の一部の人間が 同じ「日本人」と思いたくない。


◆リヒテルが愛した日本製のピアノ

 

 ヤマハのピアノ職人は、「18世紀のモーツァルト、19世紀のショパン、20世紀のリヒテル」と呼ばれるほどの20世紀最高のピアニスト、

 スビャトスラフ・リヒテルが、世界の名器スタインウェイよりも気に入るピアノを創りあげた。

 「あの世界のリヒテルが日本人がつくったピアノを愛用している」という話は瞬く間に世界に広まった。



 リヒテルは飛行機嫌いで、日本に来ることは無い、と云われていた。

 しかし、すっかりヤマハのピアノを気に入ったリヒテルは、1970年、万国博覧会の際に初来日した。

 なんとシベリア鉄道でナホトカまで来て、船で大阪に着いたのだった。



 日本を気に入ったリヒテルは、1979年、3度目の来日の際に、「私のピアノを作ってくれているヤマハの人たちへのお礼に、工場で演奏をプレゼントしたい」と云った。

 びっくりしたヤマハ(浜松)の人々は大いぞぎで工場内のピアノ試聴室に、ピアノを整えた。観客は作業服姿のピアノ技術者ばかりである。しかし、リヒテルは云った。

 

「私はこれほど緊張して演奏した記憶がありません。何故なら、ここにいるのは本当にピアノを愛している人たちばかりだからです」

 コンサートは2時間も続いた。ピアノ職人達は、自分たちのピアノに命が吹き込まれた、と涙を流した。


◆株でいくら儲けても・・・・。

 

 今日も、日経平均株価は年初来最高値を更新した。明らかにバブルである。

 全国消費者物価指数が前年同月比+0.1%だったからといって、デフレ終了、景気回復というのは、早計である。



 今年は、「ヒルズ族」にマスコミが群がった。

 目立つ存在にブンヤ(新聞屋=新聞記者)やテレビ屋が群がるのは今に始まったことではない。

 しかし、彼らはもてはやされるに値する存在ではない。

 村上ファンドに代表される、ファンド(マネージャー)が自らは何も作りださない。サービスも提供しない。

 つまり、何一つ他人様の役に立つことをしているわけではなく、他の会社の株を買って、値上りしたら売って差益をあげているだけである。

 最近では、素人までが、仕事を辞めて自宅でデイトレーディング(1日の中で何度も売買を繰り返し、細かく収益を積み上げていく投機方法)をするらしい。

 それで大儲けしたお嬢ちゃんが「先生」と呼ばれ、講演会を開くと、欲に目が眩んだ連中が殺到する。



 勿論、資本主義経済であるから、株式を買ってくれる人がいなければ、株式会社が成り立たない。

 自己資本が集まらない。その意味では株式投資は「悪いこと」ではない。

 だが「投資」とは、長いスパン(期間)で行うもので、本業をほったらかしてチョコマカ売買することではない。


◆もしも、世の中皆が株に熱中したら、国は潰れる。

 

 しかし、世の中全員が、「真面目に働くのはアホくさい」といって働くのを辞め、自宅にこもって株の売買に熱中したら、大変なことになる。

 食べ物を作る人。或いは海外から輸入する人がいなくなる。売る人も株に熱中するのでいなくなる。とたんに国民は飢えてしまう。

 電気・水道・ガスがとまる。社員が全員株に熱中して仕事をしないからだ。

 投資どころか、凍死する人が続出するだろう。

 電車もバスもタクシーも姿を消す。

 医者も看護士も株の売買に熱中し、いなくなる。病気の人を手当てする人間がいない。

 大怪我をしたら最後、じっと死ぬのを待つだけだ。


◆虚構の世界に夢中になってはならぬ。

 

 このように考えると、何もモノ・サービスを作り出さないで収益だけ上げている連中は、

 世の中の大多数の人が真面目に汗水流して働いているからこそ存在できる、狡い存在であることが分かる。時代の寵児でも何でもない。

 日本人は、たった十数年前、土地への投機を繰り返していた不動産屋達、一般企業、そして彼らにカネを貸した銀行が、

 地価の暴落=バブルの崩壊とともにどういうことになったか、もう忘れてしまったのか。


◆「プロジェクトX」の日本人を思い出せ。

 

 何と言っても勤勉に働き、良質のモノやサービスを作り出す人々が日本を支えてきた。

 今も支えられている。

 これからも支えられてゆく。

 株でいくら金持ちになっても、「リヒテルが愛したピアノ」を創りあげた人々のように、

 世界の称讃を浴びることは、絶対にないだろう。


by j6ngt | 2005-12-28 19:05 | クラシック

ものは試しで、ベルリン・フィルを聴いてみませんか?NHKBS2で大晦日まで深夜に放送。

◆本物はなかなか聴けないのです。
 

 日本は異常でして、ベルリンフィルとフィーンフィルのときには、チケットが異常に高くなり、

 それでも、この不況のさなかでも飛ぶように売れ、また、無教養な大企業が、接待用にチケットを買い占めるので、

 本当にベルリンフィルの凄さが分かる人はなかなか、コンサートに行けないのです。

 生の方が良いに決まっているけれど、テレビでも結構面白い。


◆大晦日に「ジルベスター・コンサート」をやるのですが、その2001年分を今夜12:30からNHKBS2でやります。

 

 ベルリンフィルは毎年大晦日に「ジルヴェスター・コンサート」をやります。

 ジルヴェスターというのは、4世紀のローマ法王の名前で、いろいろ逸話があって

 大晦日をジルベスターというようになったのですが、その説明はまたいずれ。

 チャンネルは、NHKのBS2です。ハイビジョンではないので、古いテレビをお使いの方でも大丈夫です。

 NHKのサイト内に、Special Programs: 2005/12, Silvesterkonzert 2000-2005というページがあって

 曲目まで詳細が載っています。

 ちなみに今夜は、2001年のジルベスター・コンサートです。


  1. 組曲 第3番 ニ長調 BWV1068 から  「ガヴォット」 ( バッハ作曲 )

  2. ディベルティメント K.334 から   「メヌエット」 ( モーツァルト作曲 )

  3. ピアノとオーケストラのためのロンド ニ長調 K.382 ( モーツァルト作曲 )

  4. 歌劇「アイーダ」 第2幕 から    ~幼い奴隷たちの踊り~ ( ヴェルディ作曲 )

  5. スラブ舞曲 作品46第8 ( ドボルザーク作曲 )

  6. バレエ「くるみ割り人形」 から  ~花のワルツ~ ( チャイコフスキー作曲 )

  7. 劇音楽「クオレマ」 から   ~悲しいワルツ~ ( シベリウス作曲 )

  8. 皇帝円舞曲 ( J.シュトラウス作曲 )

  9. ガランタ舞曲 ( コダーイ作曲 )

  10. とろ火で ( ホラシオ・サルガン作曲 )

  11. ティコ・ティコ ( ゼキーニャ・アブレウ作曲 )

  12. ポルカ「雷鳴と電光」 ( J.シュトラウス作曲 )

  13. エル・フィルレーテ ( マリアーノ・モーレス作曲 )

  14. ハンガリー舞曲 第1番 ( ブラームス作曲 )


これは、すごい大サービスですよ。ポピュラー名曲ばかり



指揮は、まだ現在の音楽監督サイモンラトルではなく、ピアニストでもあり、

夭折した天才女性チェリスト、ジャクリーヌ・デュプレと結婚していたことで知られる、ダニエル・バレンボイムです。

理屈抜きで、殆ど確実に楽しいと思います。勿論録画しておいてお暇なときにご覧になっても良いでしょう。

因みに、これは音楽DVDとして売られていますが、まともに新品を買ったら3,500円ぐらいしますから、

NHKが放送してくれるのは、いいですね。


◆明日も、大晦日まで毎日やります。

 

 明日は2,002年のジルベスター・コンサートで、 ベルリン・フィルとしては、かなり珍しい。

 バーンスタイン、ガーシュウィンはじめとするアメリカ音楽ばかり。


◆バイオリンの一番前に座っているのがコンサートマスターです。

 

 ベルリンフィルのコンサートマスターは3人います。

 その一人が日本人の安永徹さんです。

 他にも最近、ビオラと第一バイオリンに日本人奏者が入りました。もの凄いことです。 是非見て下さい。


by j6ngt | 2005-12-27 19:00 | 音楽

「特急が脱線転覆2人死亡 33人負傷、車内になお3人」事故の原因はまだ分からないのだ。

◆記事1:特急が脱線転覆2人死亡 33人負傷、車内になお3人

 

 25日午後7時15分ごろ、山形県庄内町のJR羽越線砂越-北余目間で、

秋田発新潟行きの特急いなほ14号=鈴木高司運転士(29)、6両編成=が最上川の鉄橋を通過後、前寄り5両が脱線、うち3両が転覆した。

 山形県警は26日未明、男女2人が死亡したと発表した。

現場で他に1人の死亡を医師が確認しており、県警が確認を急いでいる。

 乗客と鈴木運転士の計33人が重軽傷を負い、病院で手当てを受けた。

 同県警によると、死亡したのは転覆した先頭車両に閉じ込められた計6人のうち2人。

 消防がほかに女性1人を救出、残る性別不明の3人の救出を急いでいる。

 庄内署の調べに、鈴木運転士は「突風で車体がふわっと浮いた」と話しており、

 同署は死傷者の身元の確認を急ぐとともに、事故の詳しい状況や原因などを調べている。

 同署によると、電車には乗客44人と鈴木運転士、車掌の計46人が乗っていたとみられる。(共同通信) - 12月26日2時43分更新


◆記事2:<特急脱線転覆>JR東日本社長らが謝罪

 

JR東日本は東京都渋谷区の本社で25日午後10時から記者会見を開き、

 小縣方樹常務取締役らが「けがをされた方が多くいる。深くおわび申し上げます」と頭を下げた。

 しかし、現場の状況については「実際にどれだけの乗客がいたのかはわからない。

 運転士もけがをしているようだが、直接連絡が取れていない」と話した。(毎日新聞) - 12月26日1時52分更新


◆コメント:今、確認出来る事実は、羽越線の列車が脱線転覆して、死傷者が出たと言うことだけだ。

 

 12月25日に列車事故が起きた。

 奇しくも、福知山線の脱線転覆事故から丁度8か月目である。



 当時、事故原因が不明なのに、マスコミ各社があまりにも横柄な態度で、

 JRを取材すると云うよりも「吊し上げ」、遺族は関係の無いJRの社員に暴力を振るった。

 私は、「事故原因が分からないのだから、責任の所在は特定出来ない」、と書き、

 短絡的に事故をJRの責任と決めつけ、国民に錯覚を起こさせたマスコミ報道を批判した。



 今回も、現時点で確かな事実は、JR東日本羽越線の列車が脱線転覆して死者、負傷者が出た、と言うことだけである。

 何故、脱線したのかは分からない。

 従って、責任の所在も不明である。

 だから、論理的には、今、JRが東日本は謝罪する必要はないのだ。

 しかし、とにかく、何でも良いから謝らなければ済まされない、という精神的風土が日本にはある。

 犠牲者が出たのは誠に気の毒だが、

 もう一度繰り返すと、「事故の原因が分かるまでは、誰の責任かは分からない」という当たり前のことを、

 いい加減、日本人は理解するべきである。



 去年も今年も皮肉なことにクリスマス前後に悲劇が起きる。

 昨年、12月26日にはスマトラ島沖大地震による津波で、数十万人の犠牲者が出て、

 いまだに特定できない死体があるという。今年はこれ以上、何も起きないことを祈る。


by j6ngt | 2005-12-26 04:00

コメント、メール御礼申し上げます。毎コンに関するコメント。その他音楽諸々について。

◆ご祝辞御礼

 

 もう少し早く23日のNHK教育テレビ「毎コン本選」に気が付いて、

 記事をアップすれば良かったのですが、あまりに私事なので、ためらってしまいまして、申し訳ございません。

 それにもかかわらず多くのかたから、コメント、メールを頂戴し、感激しております。

 有難うございました。


◆コメント1:毎コン全般

 

 以前は存在しなかったシステムで最近採用されたのは、順位とは別の「聴衆賞」です。

 つまり、本選を聴きに来たお客さんが「だれが一番良かったか?」を投票する。

 一番得票した演奏者には、コンクールの結果(これは専門家である審査員が決めます)とは無関係に、「聴衆賞」が与えられるのです。

 感心したのは、全ての部門で「聴衆賞」を獲得した出場者が、「これが一番嬉しい」と云っていたことです。

 専門家の意見が大事ではないということではありません。但し、もしもこの先プロになるとしたら、

 聴いてくださるお客様は、音楽の専門的訓練を受けたことがない一般の方が大部分なのです。

 「自分の演奏で、他人様を束の間でも幸せにしたい」という気持ちは、プロの演奏家になるからには、非常に大切にしなければなりません。

 演奏家の責任は重いのです。

 それは、「お客さんの時間を預かる」ということです。



 大げさに云えば、お客さんは、一生の中の2時間なら2時間を、しかもお金を払って「演奏者に預け」ているのです。

 演奏が下手だった時、お客さんが怒って、「カネ返せ!」と云ったら、それは返すことが出来ます。

 しかし、「時間」は取り返しが付かない。「こんな下手な演奏を聴くぐらいだったら、どこかで美味いものを食った方が良かった」と言われても、時間は返すことが出来ません。

 演奏家の責任が重い、とはそのことです。プロになる人はそれをよく分かっていなければいなければならないのです。

 さすがに、毎コンの本選に残るぐらいの人々は、どの楽器(声楽もありますが)の人も、私が今書いたこと。即ち「プロの何たるか」を良く分かっている。

 それが嬉しかったですね。

 当たり前と言えば当たり前なのですが、最近の若い人は幼稚だから、自分のことしか考えない。

 世間一般の平均と比べると、私の身内はともかく、他の方々はとても精神的に成熟していると思います。


◆コメント2:そうは云うものの、出場者の今までの苦労を思い、涙が止まりませんでした。

 

 くどいようですが、毎コンの本選に残る、ということは並大抵のことではありません。

 才能は必要ですが、才能だけで残れるものでは、絶対にない。大昔から音楽演奏に限らずあらゆる「芸事(パフォーマンス)」を志す人間の世界で言い継がれている言葉があります。

 「1日(練習を)休むと自分に分かる。2日休むと仲間に分かる。3日休むとお客さんに分かる」


 皆、努力しているのです。

 バイオリンなら130人ぐらい受けて、本選に残れるのはわずか4人。それだって、第2次予選の日程が一日ずれていたら、全然別の顔ぶれになっていたかも知れない。

 プロの演奏家への道。プロになってからの苦労は並大抵ではありません。

 多くの出場者が「お客さんに聴いていただけて嬉しい」と云っていました。

 そうでしょうとも。この日のために苦労してきたのです。



 バイオリン入賞の中川さんは、大舞台でオーケストラ伴奏で弾けた事自体に感激して涙ぐんでいました。

 ホルンは実に上手くなりました。

 昔は、日本人には金管は無理ではないかと思われるほどホルンはよく音を外しました。それぐらい難しい楽器なのです。

 今回の本選の1位と2位はプロです。オーケストラの仕事をしながら、コンクールの準備をした。

 1位の大野さんは、非常に難しい、リヒャルトシュトラウスの「ホルン協奏曲第2番」を音を外さないだけではなく、絶えず楽器の向き、即ち身体の向きを変え、音色を変化させていました。

 ホルンはベル(ラッパの先端、「朝顔」といいます。あの大きく広がった、開口部です)がトランペットやトロンボーンと異なり、

 普通に構えた状態で、前を向いていないのです。ベルの向きを変えることにより、曲想により色々な工夫が可能となるのです。

 声楽で1位を獲得した志田雄啓氏は、あまりにも有名なプッチーニのオペラ「トゥーランドット」から「誰も寝てはならぬ」を歌いました。

 テノール歌手でこの歌を歌いたくない人はいないでしょう。誰もがステージ上でこのアリアを歌うことを夢に描くことでしょう。

 この歌は本当にイタリア語が一言も分からなくても、聴き手の胸が苦しくなるほど、気持ちが高ぶります。

 「これぞ、テノール。これぞ、オペラ」という曲です。

 志田さんはすでに演奏歴があるわけですが、声楽の本選会に来てくれたお客さんを前にクライマックスの最高音を歌いながら、

 「この時のために、自分は歌を勉強してきたのだ」と感無量だったのではないでしょうか。

 歌い終わった後、涙を堪えている姿に、私が泣けてしまいました。

 毎年のことですが、第74回日本音楽コンクール。予選で落ちた人も含めて、全員の研鑽と栄誉を讃えたいと思います。


◆コメント3:演奏者への敬意。

 

 音楽を聴く側は、勿論お客さんなのだけれども、音楽家が幼い頃から積み重ねてきた研鑽に対する敬意を忘れてはいけないと思うのです。

 分からないことを分かったように云うのはよくありません。

 作曲家の故・芥川也寸志氏は作曲以外に著作が多いですが、さすが龍之介のご令息だけのことはあり、いずれも非常に読みやすい名文です。

 数多い著作の中に次のような一節があります。手もとに本が無いので要旨を書きます。

 

「楽器を演奏なさること。それがハーモニカであれ、ウクレレであれ、ヴァイオリンであれ、ピアノであれ、そして演奏が玄人はだしであれ、たとえ、お話にならないぐらいヘタクソであれ、楽器を演奏なさることこそ、音楽を理解するための近道です」



 もちろん、世の中には生まれついた時代や、環境があるから、全ての人が楽器を習うわけにはいかない。そんなことは芥川さんも理解しているのです。

 但し、確かに楽器を習ってみると、楽器を人に聴かせることが出来るぐらいまで上手くなる、ということが、如何に難しいかがわかりますよ、という意味です。



 私は学生時代から下手なトランペット吹きですが、大人になってからどうしてもオーケストラの心臓部たる弦楽器、

 しかも、楽器の中の楽器、バイオリンを習ってみたくなり、26歳から習い始めました。

 最初は鈴木・メソッドに通いました。鈴木メソッドの最初の曲は「キラキラ星変奏曲」というのですが、まず、音を出すまでが大変です。

 バイオリンは構え方がなかなか決まらないのです。

 プロは子供の頃から毎日やっているので、曲が始まる寸前に、ごく自然にスッと構えますが、初めてのものには、腹が立つほど難しい。

 基本的にバイオリンは肩に「置く」のであり、それを多少アゴで押さえるだけなのですが、初心者は例外なく、アゴ、つまりクビにもの凄く無駄な力を入れるのです。

 身体の一カ所でも無駄な力が入っていると、全体に影響が出て、音を出す(弓を持つ)右手が自由に動かず、弦を押さえる左腕の角度が不自然になります。

 それを何とかクリアして初めて音を出すのです。

 ただ、バイオリンの初心者が出す音をよく「のこぎりの目立て」といい、聴くに堪えない雑音になるようにいいますが、あれは、嘘でした。

 余程勘が悪くなければ、弓を早く動かしていないときに、弓の圧力を高めれば、のこぎりの目立てになることは、感覚的にすぐに分かります。

 しかし、まだまだ、難関が山積みです。

 バイオリン奏者がまるで自然に行っていること。「弓を直線的に上下運動させること」が至難の業です。

 あれは、何も滑り止めなどないのです。

 初心者は、弓と弦が接する位置が駒よりになったり、逆に指板(「しばん」と読みます。弦を押さえる黒い部分です)の方に流れます。

 バイオリニストの美しいボーイング(弓使い)は練習で獲得したものなのです。

 それに左手。ご存じの通り、オーケストラの弦楽器(バイオリン・ビオラ・チェロ・コントラバス)の指板にはギターのようなフレット(弦を区切る出っ張り)がありません。

 ただひたすら繰り返し繰り返し練習して、正しい音程が出る位置に指をもっていけるようにするのです。

 それは、もう、気の遠くなるほど大変なことです。1ミリ、押さえる場所がずれたら、完全に間違った音程であることが、ばれます。

 それ以前に僅かな音程の狂いでも認識出来る「耳」が無いとお話になりません。弦楽器はそういうわけで実に難しいことがわかりました。

 それが分かっただけでも、私には収穫でした。

 みなさんは、何もバイオリンを習わなくてもいいですが、想像してみてください。

 例えば、学校で習ったリコーダー。あれは、立派な独奏楽器でテレマンやヘンデルがソナタを書いているのですが、それはここでは、割愛します。

 貴方があのリコーダーを「ステージ上で」、「スポットライトを浴び」、「1000人のお客さんの前で」、「ただ一人で」、

「ドーレーミーファーソーラーシードー」とそれだけでいいです。吹くことになった、と想像してみてください。

 曲を吹くのではありません。1オクターブの音階を吹くだけです。

 それでも、大抵の人は、絶対に間違えるか、音がひっくり返るか、音が震えることでしょう。

 プロはその1,000倍も難しいことを毎回、演っているのです。

 このような経験・または想像をしてみると、「○○管弦楽団は弦が甘い(弦楽器セクションが上手くない、という意味です)とか、

 「管が鳴っていない」とか分かったようなことを、簡単に口に出来なくなります。



 無論、プロにも上手い下手はありますし、お客さんはお客さんですから感想を述べて構わないのは当然ですが、

ときどき立ち止まって、今、私が書いたようななことを思い出すのも必要だと思います。

「『ハ長調とト長調』の違いも分からないのに、知ったかぶりをするのはあまり感心できない」と云っても、特に傲慢な思想だとは思いません。


◆コメント4:バイオリン。
 

 昨日の教育テレビはは毎コンのダイジェスト版でしたが、NHKBS2では12月中旬から、本選会全部門・全員の演奏を全曲(カット無しで)放送していたのです。

 しかし、これはあまりにもマニアックですので、書きませんでした。

 バイオリンの本選はシベリウスかバルトークの協奏曲でした。優勝した芸大の男性は、無茶苦茶上手いですね。もうプロですね。

 バイオリンというのは不思議なもので、現代科学の粋をもってしても、300年も昔にイタリアの天才バイオリン職人が作った、

 ストラディバリウスや、ガルネリウス、ガダニーニ、アマティと同じぐらい良い音がする楽器を作ることが出来ないのです。

 バイオリンの音というのは、人の心を惑わす、妖しさを持っています。

 官能性というと誤解を招くかも知れませんが、間違いではない。

 どの楽器の演奏者、学生も「美しい」音を目指すのは当然ですが、バイオリンはこの「妖しさ」が出てこないとダメだと思います。


◆コメント5:シベリウスはバイオリニストでした。

 

 シベリウスは「フィンランディア」(あまりに有名ですがやはり名曲だと思います。但しトランペット吹きの私は出来れば避けたい。あの「タッタ・タカタカ・タ・タッタ」というフレーズはテンポが中途半端でタンギングしにくいのです。私が下手な所為ですけど)で有名ですが、本当はバイオリニストになりたかったのです。

 しかし、致命的な欠点がありました。シベリウスはひどい「アガリ症」だったのです。

 練習の時には上手いのですが、試験の時(音楽の学生の試験とは即ち実技=演奏です)とか、リサイタルとか、「ここ一番」というときに上手く弾けない。

 これでは、演奏家にはなれません。

 この「あがり症」を克服できずに演奏者になることを断念した人が、一体、古今東西、どれほどいることでしょう

 (だからと言って、楽器を続ける資格が無い、などというつもりは毛頭ありません。趣味で楽しめば良いのです)。



 それでシベリウスは作曲家になったのですが、言うまでもないことながら、バイオリニストとしてダメな人が、必ずしも作曲の才能があるわけではない。

 演奏が上手い人でも作曲となると別です。演奏することと、作曲するのとは全く別の才能です。どちらの才能も世の中には必要です。

 幸い、シベリウスには作曲に関して天賦の才が備わっていたのですね。

 バイオリニストが作曲するとバイオリン曲がどうしても多くなりますが(パガニーニとかね)、シベリウスの場合は表現手段として「オーケストラ」を選びました。

 勿論、他の分野もありますけど、彼の名作の殆どはオーケストラが関係する作品です。

 交響曲は特に第2番が有名です。


◆コメント6:シベリウスのバイオリン協奏曲、その他バイオリンと言えばこれ、という名盤。

 

 教科書風に書くと、3大バイオリン協奏曲はベートーベン・メンデルスゾーン・ブラームスです。

この中でブラームスは名曲には違いないけれども、なにしろクソ真面目な人なので、音楽がちょっと重苦しいです。

 一度魅力が分かればいいのですが、最初はチャイコフスキーのバイオリン協奏曲の方が取っつきやすいです。

 「大作曲家」の殆ど全てがバイオリン協奏曲を書いています。

やはりバイオリンは、「人の心を惑わす」つまり「この楽器で良い音楽を書いてみたい」という、作曲家の創作意欲を刺激する「妖しさ」を持っているのだと思います。

 私の親戚の娘が弾いた「シベリウスのバイオリン協奏曲」は3大バイオリン協奏曲から見ると少し傍流ということになりますが、私は非常な名曲だと思います。

 聴いていると、不思議な「懐かしさ」「郷愁」のような感情がこみ上げてきます。

 ごく一般的にいって、北欧の作曲家の作品にはそういう面がある。

 但し、シベリウスの協奏曲は、技術的には大変難しいそうです。

 自分がヴァイオリニストで、なまじ分かるので、難しく書いちゃったのですね。


◆コメント7:ハイフェッツ

 

 さて、シベリウスのバイオリン協奏曲のCDは数え切れないほどあります。

 パールマン、諏訪内晶子さん、五嶋みどりさん、変人というか個性派のクレーメル。

 それぞれ良いのですが、やはりダントツの名人による名演はバイオリンの場合、ハイフェッツです。

 もう一人オイストラフという人がいますが、ここではハイフェッツに絞ります。

 ハイフェッツによるシベリウス:VN協奏曲はお薦めです。

 お薦めなんですが、他にプロコフィエフとか録れてありまして、ちょっと退屈してくる可能性があるのです。

 しかし、バイオリンでハイフェッツといったら、いまだに神様なのです。これこそ百年に一人の天才です。

 本当のバイオリンってのはこういうもんだ!というCDを御紹介します。

 小品集。ツィゴイネルワイゼン~ヴィルトゥオーゾ・ヴァイオリンです。

 ツィゴイネルワイゼンを弾く、と言うだけなら、日本人だって、毎コンに出るような子たちは、小学生の時に弾けています。

 それぐらい日本のレベルは高いのです。

 しかし、弾けばいいってものじゃない。

 ツィゴイネルワイゼンはとかく「バイオリニストがテクニックを見せびらかすためだけの曲」「クラシック入門用ポピュラー名曲」の扱いを受けます。

 テクニックだけ達者だけど、中身のない、音楽性の無いバイオリン弾きが演奏すると、確かにそうなります。

 ハイフェッツのすごいのは、もの凄いテクニックと、音楽性・芸術性が共存しているところです。

 だからこそ、とっくの昔に亡くなったのにいまだに、皆が聴くのです。

 シベリウスの協奏曲はさておき、この小品集は永遠の名盤です。お薦めです。


by j6ngt | 2005-12-24 22:31 | 音楽

今日、毎コン本選会の模様を午前10時から教育テレビで放送します。

◆他人様(ひとさま)の情けの有難さ。

 

 私は、天下国家について書くときは、大抵、その日のテーマがスパッと決まるのですが、私事になると、どうしても迷います。

 今日は、グダグダと迷っていたら、日付がとっくに変っていました。

 約2週間前に、私事で恐縮ながら、「たまには良いことがあるものだ。」という話と題する一文を書きました。

 私の身内の子が、毎コンバイオリン部門で比較的上位に入賞し、

 その後、驚くべき事が起きて大変驚き、嬉しく思っているという、完全に私事を綴ったものであります。

 あまり感心しないな、と思いつつ書いたのですが、その後、多くの読者の皆様から思いがけないほど、ご祝辞を賜り、恐縮すると共に感激いたしました。

 Web上の赤の他人に、わざわざ時間を割いてメールやコメントを書いてくださった皆様方の優しさに目頭が熱くなりました。

 皆様にはメールでお返事を差し上げましたが、今一度、御礼申し上げます。


◆今日、12月23日(金)午前10時よりNHK教育テレビで、「毎コン本選会」の放送があります。

 

 毎年恒例なのですが、毎コンの本選はNHKが録画して、暫く経ってから放送するのです。

 第74回日本音楽コンクール本選会です。(10時のところまでスクロールしてください)

 


  •  ピアノ部門 -

  •  バイオリン部門 -

  •  作曲部門(室内楽曲) -

  •  ホルン部門 -

  •  声楽部門(オペラ・アリア) -

  •  チェロ部門 -


 の順番で放送するようです。

 こうなったら、書きます。

 私の身内というのは、バイオリン部門で2位になった娘です(私の子供ではありません。親戚です)。

 まだまだ、未熟ですが、もし、良ければ聴いてやってください。

 勿論、他の入賞者の方々も、各部門で毎コンの本選に残るということは、血の滲むような努力をしているわけです。
 是非聴いてみてください。青春の生命の輝き。音楽への情熱に、胸が熱くなります。
 
 ところで、このコンクールのあと、バイオリンで入賞した本人は、至ってケロッとしているのですが、

 私は、前回、日記に書いた後もいまだに、脳の一部が興奮状態なのです。

 本人があまりにも、のほほんとしているので、私は気が気じゃないのですが、自分の子供ではありませんから、

 ああせい、こうせい、と言うわけにも参りません。

 このような小心者の私には、とてもプロの演奏家など無理な訳だと改めて合点がいきました。

 全然、個人的なことですね。どうも今日は頭がそちらの方向にしか働かないので、思い切って、書いてしまいました。

 いつも、ひどい文章を書いていますが、今日はそれに輪をかけた、駄文です。

 今日だけ、何卒、ご容赦のほど。


 
by j6ngt | 2005-12-23 02:03 | 音楽

「今日の出来事 東京直下型地震が起きたら」←今、こういうニュースを流すべきではない

◆伝えても仕方がないニュースで、徒に不安を煽るな。

 

 先週はTBS、今日は日本テレビ系列のニュースで、「東京直下型地震が起きる可能性が高い。その時の被害はどうなるか」、をご丁寧にCGまで用いて、生々しく説明してくれた。

 東京付近で大地震(因みに、テレビのアナウンサーは必ず「おおじしん」と読むのですね)が発生した場合、

 1万1千人が死亡し(そんなものじゃ済まないだろうと思うのだが・・・)400万人が被災者(家が倒壊するとか、火災で焼失するとか)になるのだそうだ。

 大地震が遅かれ早かれ首都を襲うであろうことは、常識である。

 しかし、何時起きるか、現在の科学では、正確に予想出来ないのだから、厳密には「防災」という言葉は殆ど無意味である。


◆防災と云っても、結局「運」次第。

 

 あまりにも当たり前だが、地震が起きて生きのびるか、死ぬかは、運次第だ。

 運が良ければ助かる。悪ければ死ぬ。

 運の悪いことに、エレベーターに閉じこめられ、そのビルで火災が発生し、エレベータから脱出出来ずに、

 蒸し焼きになる人もいるだろう(勿論、それは、私かも知れない)。

 家屋の下敷きになって、圧死する人もいるだろう。

 水道管が破裂し、地下鉄を大量の水が襲い、溺死する人もいるだろう。



 そんなことは分かっている。

 分かってはいるが、どうしようもない。

 何時起きるか分からない地震を恐れて、学校にも会社にも行かず、自宅に頑丈なシェルターみたいなものを作って(作れる人は限られますね)、

 地震が起きるまで、一歩も外に出ないという訳にはいかないでしょ? 

 地震対策に非常食とか水とか、懐中電灯とか云っても、自宅にいる時に地震が起きるとは限らない。

 我々は、それでも仕方がないから肚をくくって生きている。

 そういう市民の不安を徒(いたずら)に煽るべきではない。



 おどろおどろしい音楽をならし、わざとらしく不気味なトーンでナレーターが原稿を読む。

 何故、こういう事をするのか?

 「数字(視聴率)が取れれば何をしても良い。」それが民放の行動規範だからである。

 話が逸れるが、何でも「民で出来ることは民で」、といい、NHKを民営化するなどという案が出ているが、とんでもない話である。


◆どうして、欠陥住宅が問題になっているときに、どうしようもない情報を強調するんだ?

 

 間(ま)が悪い、と言う言葉がある。今、「大地震の恐怖を伝える」、という行為がまさにそれだ。

 建築物の強度偽造問題で、みんなが思っているのは、これは、姉歯建築士や木村建設、ヒューザー、総研だけの問題ではなくて、

 日本中至る所で同様の手抜きが行われているのではないか、ということだ。

 建築業界、土木業界の構造的な問題ではないか、ということだ。

 多分、そうだろう。パンドラの箱を開けてしまったのだろう。日本中欠陥住宅だらけなのだろう。

 これについて、取り上げるべき事があるだろう。


◆建築基準法改正は、アメリカの年次要望書に従った結果だと知っていますか?

 

アメリカの年次要望書のことは過去に何度か触れた。

 「拒否できない日本 アメリカの日本改造が進んでいる」という本を読めば、一層良く分かる。

 要するに、

「建築基準法の改正や半世紀ぶりの商法大改正、公正取引委員会の規制強化、弁護士業の自由化や様々な司法改革…。これらはすべてアメリカ政府が彼らの国益のために日本政府に要求して実現させたもので、アメリカの公文書には実に率直にそう明記されている。」



 と、要約される。



 地震はどうしようもない。

 だが、アメリカの言いなりになって建築基準法を変えたのは、云うまでもなく、人間の意思に基づいている。

 具体的には、日本の政治家の責任だ。

 テレビ屋さんは、どうせニュースにするなら、追及する意味のあることをテーマにしていただきたい。


by j6ngt | 2005-12-22 00:32

「第九」シーズン真っ最中ですね。お薦めがあります。

◆ベートーベン作曲「交響曲第九番、ニ短調、作品125、「合唱付き」

 

 日本の年末は、普段クラシックへ行かない人も、第九は行くという方が多いですね。

 昨日も、今日も、明日も、東京は勿論日本の色々な場所で演奏されています。

 普段、クラシックは人気が無いですから、日本の殆どのオーケストラは、この「第九」で何とか食べているようなものなのです。

 だから皆さん今からでも遅くないからどんどんコンサートに行ってあげてください。

 第九に関する限り、日本のオーケストラは世界で一番上手いというか少なくとも慣れているかも知れません。

 そして、とにかく作品自体が素晴らしいので、極端にいえば、少々演奏技術が劣っても、感激します。うるさくオーケストラを選ぶ必要がありません。


◆ベテラン・オーケストラプレイヤーでも緊張するそうです。

 

 オーケストラの人は毎年5回も6回もやって、ベテランはそれを何十年も続けているわけですから、段々緊張が無くならないかと思いますが、

 それは、素人考えで、先日紹介した「バイオリニストは肩が凝る」によれば、著者であり、N響で30年もファースト・ヴァイオリンを弾いている鶴我さんですら未だに緊張するのだそうです。

 そもそも、難しいので、たるんでいられないのだそうです。難しいというのは、単純に技術的な事だけではないとおもいますが。


◆ベートーベンの作品におけるティンパニ

 

 モーツァルトまでは、ティンパニはあくまで「添え物」というか、

 アクセントを強調したいときにトランペットや、バス(チェロ、コントラバス、ファゴットなど)と同じタイミングで音を出すだけでした。

 ベートーベンの交響曲を聴くと、彼がこの楽器の表現力にかなり期待していたことが分かります。

 早い時期から、モーツァルトまでとは違う使い方をしている。

 ティンパニは太鼓の中で唯一音程を取れる楽器ですが、モーツァルトまでは2個しか使われず、

 高い方が主音(長調ならド、短調ならラ)、低い方が属音(長調ならソ、短調ならミ)と決まっていました。

 殆ど例外がありません。


◆第九は第2楽章のティンパニの連打をよく見て、聴いてください。

 

 第九は、他にも聞き所は沢山ありますが、これが一番分かりやすいので、今回は特にティンパニを取り上げます。

 ベートーベンの作品においても、ティンパニは2個で、7番までは原則「ド」と「ソ」なのですが使い方がモーツァルトと明らかに違うのです。

 ベートーベンはティンパニをソロ楽器として使った初めての作曲家ではないかとおもいます。

 ベートーベンのバイオリン協奏曲はティンパニのソロで始まります。

 交響曲だけでも1番の終楽章、5番「運命」の第3楽章から終楽章への移行部分に、ティンパニ・ソロと言える箇所があります。

 そして第9の第2楽章では、完全にソロで演奏する部分が登場します。

 ベートーベンは、ティンパニの常識を破り、F(ファ)のオクターブに調律させています

(本当は実験的に交響曲第8番の終楽章でもF-Fのオクターブを使っています。これが最初です)。

 これから第九を聴かれる方は、第2楽章のティンパニをよく聴いて、

 奏者のバチ(ティンパニのバチは「マレット」といいます)さばきを見て下さい。鮮やかなものです。

 そして、小気味よいアクセントと、聴いている、私たちの腹にズシンと響く低音の快さを堪能して下さい。

 「ティンパニ、やってみたい」という気持ちになる方が多いと思います。


◆お薦めCD

 

 第九のコンサートに行きたいけど行けない。或いは何だか面倒くさいと言う方のためにお薦めCDを紹介します。

 これは、簡単なのです。

 第九と云ったら、フルトヴェングラー指揮・バイロイト祝祭劇場管弦楽団と、決まっているのです。

 あまりにも有名であるが故に、Amazonのカスタマーレビューで、何だかんだ文句を言って

 ★を一つか二つしか付けていない坊やがいますが、

 若いときは、こういうことを云いたくなるものです。まあ、それもいいでしょう。

 色々云っても結局、歴史的名演であると云わざるを得ないと思います。

 CDはソニーとフィリップスが開発したものですが、記録時間を74分に決めたのは、

 このフルトヴェングラー、バイロイトの「第九」を一枚に収められるかというのが、基準だったという話があります。

 この逸話には異論もあるようなのですが、いずれにせよ、それぐらい、重視されている名演だと云うことです。


◆第九交響曲の最後の部分です。

 

 これが、オーケストラのスコア(総譜)です。作曲家や指揮者になりたいという人は、

 こういうのを見て、音楽が頭の中で鳴るのです。それが出来ないと話にならない。

 素人は無論、そんなこと出来なくて構いません。



b0061137_129681.jpg

 一番最後のページを見てみます。

 オーケストラ全員がプレスティッシモ(極めて早く)で、オークターブの音型を繰り返します。

 ティンパニは6連符が印象的です。

 さて、一番最後の小節はどうなっているでしょう?

 休符です。音を出さない、という記号です。それが全ての楽器に付いている。

 こう言うのを総休止(ゲネラル・パウゼ。GPと略します)といいます。

 第9の一番最後は、静寂なのです。

 尤も、この交響曲では、一楽章から三楽章の最後の小節も同様です。


◆音が鳴っているところだけが「音楽」ではないのです。

 

ベートーベンはフォルティッシモの最後の音が鳴った後の静寂を含めて「音楽」と見なしていることが分かります。

「音が鳴っているところだけが音楽ではない」ということです。

 ところが、第九のコンサートへ行くと、ほぼ100パーセント、この休符は無視されてしまいます。

 最後の「音」が鳴り終わるか終わらないか、と言うタイミングで、すごい大声で「ブラボー」が飛びます。

 ベートーベンはあまり嬉しくないかもしれません。

 その意味では、独りでCDを聴くのも悪くないと思います。

 フルトヴェングラーは、紛れもなく20世紀の大指揮者です。好みは勿論あります。

 昔のクラシックファンは、フルトベングラー派ともうひとりの大指揮者、トスカニーニ派がいました。

 今は、このような本物の大家がいないのです。

 歴史に名を刻む「巨匠」は何十年とか百年に一人出るか出ないか、というものです。

 だからこそ「巨匠」なのですね。


by j6ngt | 2005-12-21 01:29 | 音楽