カテゴリ:音楽
  • 音楽配信サービスにおけるクラシック音楽。お奨め:モーツァルト交響曲第39番第3楽章
    [ 2005-07-03 01:23 ]
  • クラシック音楽のMP3とMIDIのサイト「bbo」←これは、大したものだ。感心した。
    [ 2005-06-27 23:45 ]
  • お奨め:ロンドンのClassic fm
    [ 2005-06-21 17:57 ]
  • お奨めCD 「ショパン:12の練習曲」(マウリツィオ・ポリーニ)
    [ 2005-06-06 01:51 ]
  • 世界のお巡りさん コンサート という、イベントがあったのです。やはり芸術は国境を越える。
    [ 2005-06-02 21:17 ]
  • ピアノの本当の美音。アシュケナージのモーツァルト
    [ 2005-05-04 12:35 ]
  • 「フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルの世界」 ラッパは、大きな音を出すだけではないのです。
    [ 2005-04-09 03:20 ]
  • プロの音楽家になる、ということは、想像を絶するほどの才能と努力が必要である
    [ 2005-03-14 07:27 ]
  • ラベルの誕生日です。「ボレロ」って知っていますか?
    [ 2005-03-07 16:40 ]
  • ピンクレディーを久しぶりに見て思ったこと。
    [ 2004-12-25 02:20 ]
音楽配信サービスにおけるクラシック音楽。お奨め:モーツァルト交響曲第39番第3楽章
◆音楽配信全盛になってきましたが、

 

 当然のことながら、市場規模としては、クラシックは、最も小さい。

 つまり、商売としては、儲けになりにくい。すなわち軽視されやすい。

 これは大衆社会の宿命であることぐらいは承知しています。

 しかしながら、主だった音楽配信サービスのサイトの中を探ると、「おや?」というほどの「名盤」(レコード時代からの表現ですね)があるのです。

 問題は、ホームページを見ただけでは、それが全く分からないことです。

 各社とも、全体の楽曲数におけるクラシックの比率がいくら低いとはいえ、曲がりなりにも商品として提供している以上、もう少しサイトの作り方を工夫するべきです。


◆マイクロソフトの場合。

 

 マイクロソフトはMSNミュージックというサイトから音楽ファイルをDLするわけです。

 これは、ブラウザ経由だけでなくて、Windows Media Playerからもアクセスできます(少なくともWMP10ではそうなっている)。

 ところが、この画面、というか、ページの作り方が、ひどいと思います。使えません。

 普通の、CD屋を想像してご覧なさい。どんな店だって、少なくとも「ジャンル分け」ぐらいしてあるものです。

 ところが、このサイト、画面左端の「各種一覧」には、50音検索しか、無い。

 これは、不親切です。クラシックの場合、50音あるいは、アルファベット順と言っても、作曲者名から探す場合と演奏者名で探す場合がある。

 そのどちらが使えるのか、ということも、ここを見ただけでは、分からない。

 もしも、入手したい商品が決まっている場合には、この方式でもよいのかもしれませんが、どなたも経験があるでしょう。

 ショッピングというのは、特別なあてもなく店に入り、いろいろ商品を見ているうちに、欲しくなって何となく買ってみるということも多いわけで、それがあまり激しいと衝動買いとか言われるわけですね。

 当たり前のことなのですが、この点がインターネットショッピングの致命的な面ですね。

 商品を手に取ることが出来ない。というのは、頼りないものです。

 本だって、題名や著者ばかりではない。実際に手にとって、本の装丁が気に入って買うことさえ、あるのですから。



 それはさておき、どうしようかと思ったのですが、クラシックでバッハの作品がない、ということはほとんど考えられないので、検索欄に”Bach "と入力したら、“Bach ”のキーワード検索結果:5件みつかりました と出てくる。
 ここに出てくる、アルゲリッチという人は、世界で何本指かに入る天才ピアニストなのです(ちなみにこの人は、大分の別府が気に入ってしまって、毎年別府では「アルゲリッチ音楽祭」という催しが開かれている。こればかりは、大分県のひとが誠に羨ましい)。

 では、アルゲリッチの演奏は何を配信しているのかな、と思い、アルゲリッチで検索し直してみます。

 すると、アルゲリッチ(マルタ)の演奏で、ダウンロード購入出来る楽曲ファイルリストが現れます。

 しかし、これは、ひどい。

 一番左が、「楽曲」なのだが、これじゃ分からないでしょう。

「収録アルバム」という項目を見ることにより、ようやく、「プロコフィエフとバルトークという2人の作曲家のピアノ協奏曲」であることが分かる。

 しかし、もう一度一番左の「楽曲一覧」を見てください。


  • Piano Concerto No.1 In D Flat Op.10 Allegro Brioso

  • Piano Concerto No.1 In D Flat Op.10 Allegro Assai

  • Piano Concerto No.1 In D Flat Op.10 Allegro Scherzando





  • Piano Concerto No.3 Sz.119 Allegretto

  • Piano Concerto No.3 Sz.119 Allegro Religioso

  • Piano Concerto No.3 Sz.119 Allegro Vivace





  • Piano Concerto No.3 In C, OP.26 Andante-Allegro

  • Piano Concerto No.3 In C, OP.26 Tema(Andante) and Variations

  • Piano Concerto No.3 In C, OP.26 Allegro Ma Non Troppo





なんですか?これは。あまりにも不親切だ。

まず、日本語にしていないことが、よろしくない。

百歩譲って、原語のままでリストにするとしてもこれじゃ、「誰の作品かが分からない」

。バルトークか、プロコフィエフのどちらかだということしかわからないのです。

要するに、最初の3トラックを日本語にすると、


  • ピアノ協奏曲第1番 ニ調(短調か、長調かも分からぬ。MinorかMajorをつけなければ)、作品10 アレグロ・ブリオーソ(快活に、生き生きと)

  • ピアノ協奏曲第1番 ニ調、作品10、アレグロ・アッサイ(非常に早く)

  • ピアノ協奏曲第1番 ニ調、作品10、アレグロ・スケルツァンド(生き生きと楽しく)


ということです。いい加減です。不親切です。

 クラシックは、まず、「誰の作品か」を最初に明示するのが「イロハのイ」です。

 何故なら、「交響曲」だって、「協奏曲」だって、無名なのまで含めれば、何百人、何千人という人が書いているからです。

 このアルバムはですね。

 1トラック目から3トラック目までが、「プロコフィエフ作曲、ピアノ協奏曲第1番」、

 4トラック目から6トラック目が「バルトーク作曲、ピアノ協奏曲第3番」

 そして、7トラック目から9トラック目が、「プロコフィエフ作曲、ピアノ協奏曲第3番」

 なのです。それぐらいのことを、日本語で表示する手間を惜しんではいけません。

 特に、2曲目と3曲目。このサイトでは「Piano Concerto No.3」でしょう。

 紛らわしい。その前に、BartokとProkoviefと入れるだけで良いのに。

 日本語で言えば、両方とも、「ピアノ協奏曲第3番」としか書いてないわけですよ。

 うんと詳しい人は、バルトークの作品番号はセーレーシ(Szollosy)という人が付けたもので、Sz.と略されるから、4トラック目から6トラック目は「バルトーク作曲、ピアノ協奏曲第3番」で、したがって、最後の3トラックは、プロコフィエフの協奏曲だろう、と見当を付けることが出来ます。

しかしねえ。

 客にそんなパズルを解くようなマネをさせてはいけませんよ。

 客はカネを払うのですからね。出来る限り、分かりやすくしないと。

 以前も書いたけれど、ネット経由の客商売って、従来の接客業などと違い、お客と直接接することがないので、客商売の怖さが分かっていない。

 たるんでいるんですよ。本当の接客業をやったことがある人間から見ると。

 直接、お客さんと対峙する接客業は真剣勝負です。

 ちょっと口の利き方を間違えても、大変なトラブルになることがある。

 客が怒鳴り出すこともある。下手をすればぶん殴られる。

 そういう覚悟が、IT商売ができるまでは、接客業には常に必要だったのです。

 ネット商売って、クレームだってメールで来る。怖くないでしょう?緊張感が無いんですよ。


◆1楽章ずつ買える、というメリットも(多分、偶然ですが)あります。

 

 文句ばかり言っていても仕方がない。

 折角、名曲が沢山あるので、一つ御紹介しましょう。

 前述したとおり、まだ売り方に不満は歩けれども、ざっと見たところ、インターネット音楽配信において、意外でしたが、クラシックのカタログはかなり良いものがあります。

 MSNだけではなくて、SONYのMoraなども同じことが言えます。 だからこそ、もっとインデックスをしっかり作って欲しいのです。

 気がついたけど、インターネットでの配信で、これまでは決して出来ないことが出来るようになりました。

 以前なら、CD1枚単位でしか買えなかったけれど、ファイルダウンロードだと、何と、1楽章単位で買える。

 これは、ポップスというか、クラシック以外の音楽は、ほとんど総て、1トラック=1曲だからでしょう。それをそのままクラシックにも適用したのですね。

 皮肉な書き方をしますが、音楽配信産業に、クラシックに詳しい人が少ない(だろうとおもいます)ことが逆に幸いした。

 詳しい人がいたら、交響曲は必ず、全部の楽章を1セットにして売ろうとしたでしょう。

 今は、1楽章ずつ買える。240円で。これなら、こちらも気楽にお奨めできます。

 一つ、昔の大家(「たいか」ですよ。「おおや」じゃありませんよ)の非常に立派な演奏を紹介、推薦します。


◆モーツァルト交響曲第39番第3楽章(オットー・クレンペラー指揮、フィルハーモニア管弦楽団)

 

 MSNミュージックからダウンロードできます。

 ここクレンペラー(オットー) のアルバムが並んでいます。

 その中で、The Klemperer Legacy: Symphonies Nos.39 & 41/Eine Kleine Nachtmusikという1枚がある。

 その中から(欲しければ全部ダウンロードしていただいて構いませんが)、Sym No.39 in E flat, K543: III. Menuetto (Allegretto) & Trioをクリックすると、試聴が始まると思います。

 その時点では、勿論課金されないですから、ご安心下さい。

 しかしねえ。240円ですからね。ドトールコーヒーのMサイズより10円高く、ビッグマックより10円安い、という程度なのですから、買っちゃってもいいのではないかな。



 モーツァルトは35年の生涯で41曲の交響曲を書いていますが、最後の3曲が特に天才の最後にふさわしい大傑作なのです。

 そのうち、41番「ジュピター」のフィナーレ(第4楽章)とか聴いていただきたいのですが、今日のは、誰にでも親しみやすいのを。

 39番の第3楽章。当時のシンフォニーの書き方の定石通り、メヌエットです。3拍子です。最初はとても堂々としています。

 この最初のところ、中心は勿論ヴァイオリンなのですが、管楽器が「1,2,3.」と規則正しいリズムを刻み続けて伴奏を付けています。

 その響きを良く聴いてください。トランペットの音が分かるでしょうか?トランペット奏者が、吹いているんです。ここ。

 トランペットは、いつも、でかい音を出して目立てばよいと言うものではありません。

 こういうところでは、木管楽器にとけ込んで、しかし、響きに厚みを加えなければなりません。


◆何とも美しいクラリネットの旋律
 

 3楽章の中間、トリオと呼ばれる部分、とても美しく、可愛いメロディーをクラリネット奏者が演奏します。

 1番奏者がメロディーを吹いて。2番奏者はしたで、分散和音を吹いて伴奏を付けます。




 これ以上少なくできないぐらい単純な音の組み合わせで、これだけ美しいものを創りあげてしまうのがモーツァルトの天才です。

 まあ、好みですけれども、私はそう思う。
 私は、初めてこの曲を聴いたのが、クレンペラーだったのです。こういうのを「天上の調べ」というのだろう、と、子供心に思いました。

 その考えは、今も変わりません。

 モーツァルトは、クラリネットという楽器をこよなく愛しました。

 死ぬ年に、「クラリネット五重奏曲」と「クラリネット協奏曲」という超大傑作を2曲も書いている。

 それについては、いずれ、また。

by j6ngt | 2005-07-03 01:23 | 音楽
クラシック音楽のMP3とMIDIのサイト「bbo」←これは、大したものだ。感心した。
◆コンピューター音楽と言っても侮れないですね。

 

 そんなこと今更常識だと言われるかも知れないが、こと、クラシック音楽に関しては問題が多かった。

 アコースティックな楽器はエレキギターなどに比べて、遙かに複雑な音色をしている(細かく説明すると長くなるが、多くの倍音を含んでいるということだ)。

 MIDIは、ご承知のとおり、音データそのものではなく、コンピューターに内蔵された音源(ソフトシンセなんていいますね)、或いは、外部音源の特定の音色(楽器)のどの音を出せ、という指示を記録したファイルにすぎず、実際にどういう音がするかは聴く側の音源の程度によって、音の鳴り方が全く違ってしまう。

 オーケストラ曲のMIDIを打ち込んでいるような人は、オタクだから、すごい音源で確認していることが多い。8万円も10万円もする。

 ところがこちらは、そこまでカネを出すぐらいなら、CDか実際のコンサートに行った方が良いから、そのような高価な音源を持っていない。

 すると、なんともいえず、薄っぺらい、携帯の着信音みたいな音になり、とても、「管弦楽」の響きからはほど遠い。

 特にヴァイオリン・ソロは、ハーモニカみたいな音になってしまう(弦楽合奏の方が本当っぽい音が出やすいのは不思議だ)。


◆MIDIを高級音源で演奏したものをMP3に変換したのは、聴ける。

 

 一方、実際のハード音源で演奏したのをMP3で記録したファイルを公開しているサイトがあるが、MP3は「音そのもの」のファイルであり、かなり良い音がする。 これを、仕事でやっている人がいる。 黙々と、クラシックオーケストラ曲のMIDIを作り、これをローランドのSC8850という10万円以上もするハード音源で演奏し、MP3に変換して、公開している会社があるのだ。

 クラシック音楽のMIDIデータとMP3(Broad Band Orchestra)というページがある。

 ずらりとクラシック、しかし、親しみやすい曲が並んでいる。

 これは、Web製作なども手がける会社なのだが、この(bbo=ブロード・バンド・オーケストラ)という名物ページがそのまま社名になっている。

 今日現在、135曲アップしてあるが、これは、bboの一人の社員だけで、全て打ち込んだそうだから大したものだ。

 カネを払わなくても一番左のPlayをクリックすると、専用のプレイヤーが演奏してくれる。

 どれから、聴いてもいいけれど、たとえば、「アルルの女組曲1よりメヌエット (minuetto)」(第一組曲ですよ。第二ではない)をクリックしてみてください。あれ?どこかで聴いたことが・・・・。 最近、テレビコマーシャルで何度も流れているから、絶対に聞き覚えがあるはず。

 それ以外も、どれも素晴らしいのですけどね。



 真ん中辺りに、ホルストの組曲「惑星」の一部がアップされている。「木星」を聴いてください。平原綾香とかいう娘の歌と比べてどちらが好みかは人それぞれお任せするが、本来は、こういうフル・オーケストラの分厚い響きの中で聴くメロディーなのだ。あんな、甘ったるい歌い方をされると発狂しそうになる。

 景気が良くて、短いのが良い、というひとは、「惑星」のすぐしたに、一行だけ、ハチャトゥリヤンの「剣の舞」がある。

 これは、聴いたことがあるとおもいますよ。トロンボーンのグリッサンドがもの凄く印象的ですね。


◆「序奏とロンド・カプリチオーソ」という名曲

 

 それから、是非お奨めしたいのは、下から三分の一ぐらいのところ。★がついている、サンサーンスの「序奏とロンド・カプリチオーソ」という、独奏ヴァイオリンと、オーケストラの為の小品なのですが、もう、文句のつけようが無い名曲です。

 本当は、この曲の最高の演奏は、韓国人女性ヴァイオリニスト、チョン・キョン・ファが、この前までN響の音楽監督をしていたシャルル・デュトワと三〇年前にロンドン・デッカ(という、クラシックCDの世界三大レーベルがあるのです)で録れたものだと思うのです。

 韓国人だろうが、何人だろうが、関係ありません。チョンキョンファは紛れもない、天才ヴァイオリニストです。

 日本にも何度も来て、N響と共演しています。弟は指揮者のチョン・ミョンフン。



 話は、逸れてしまうけど、著作権という知的財産権を尊重しなければならないことは、勿論承知している。

 しかし、こういう名演を紹介したい!という時は本当に歯がゆいね。

 出来ることなら、このチョンキョンファの「序奏とロンド・カプリチオーソを、どこかに私がアップして、皆さんに聴いていただきたいものだ。

 何故かというと、何せ古いCDなので、今は絶版みたいなのですよ。CDコードだけ、書いておこう。 F35L-50369です。

 ヴァイオリンソロ=チョンキョンファ、指揮=シャルル・デュトワ、オーケストラ=ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団(ロンドンのオーケストラです)


◆それは、ともかく、bboを聴いてみてください。

 

 あらかじめ書いておくが、ここでは、ダウンロードは無料では出来ません

 企業の製品として提供しているのだから、市場経済の社会では当然です。

 作品の質が高いので、有料でも、私は不満がない。1,500円払うと、30曲(トラック)ダウンロードできる。1曲50円で、MP3とMIDIとオーケストラスコア(管弦楽の総譜といいます。指揮者が見るのと同じ楽譜です)をPDFでダウンロード出来る。これは、非常に良心的です。

 スコアが付いているMIDIなりMP3のサイトは他に知らない(勿論、楽譜だけネットショップで買うことはできるが)。



 最後にお断りしておくが、私と、この会社とは何の利害関係もない。

 この記事を読んで誰かが、1,500円を支払ったからといって、私にリベートが入るわけではない。私はそういうケチな人間ではない。

 あまりにも優れているのに、世に知られていない、良心的なサイトを皆さんに紹介しているのです。

by j6ngt | 2005-06-27 23:45 | 音楽
お奨め:ロンドンのClassic fm
◆インターネットラジオは星の数ほどありますね。

 

 便利な世の中になったもので、今は、インターネットラジオで、世界中の放送を聞くことが出来る。

  語学の勉強にも勿論使えるけれども、 私は、昼間も仕事で、ずっとPCを睨んでいるし、時には英文を訳さなければならぬ。

 帰宅後も元気があるときはよいが、疲れているときは、日本語のニュースを読むのも聴くのも面倒になることがある。

 こういうときは、私は、海外のクラシック専門局を流しっぱなしにしておく。

 勿論、これだって、曲と曲の間でトークが入るし、ニュースも流すのだが、英語だから、真剣に聴こうとしなければ、気にならない (これが、日本語だと、意味が分かってしまうので、どうしても、条件反射的に内容を理解しようとして、また、頭を使ってしまい、疲れる)。


◆ロンドンの民放局でClassic fmという局がある。

 

 もともとは、勿論、普通の無線局だが、今は日本にいてもネットで聴くことができる。ヨーロッパやアメリカには、このような、クラシック専門放送局が星の数ほどあり、中には、すごくマニアックでバルトーク(という作曲家)の作品ばかり放送している局さえある。

 何故、私が、英国ロンドンの、Classic fmという局を推すかというと、正直に言えば、完全に個人的な思い入れである。

 12年前にロンドンに行き、まだ、家族は日本にいる(海外赴任というのは、亭主が先に現地へ赴き、家を探して、受け入れ体制を整えてから、妻子を呼び寄せる。つまり、数ヶ月の孤独な時間を過ごさねばならぬのだ)ときに、ラジオでも聴いて、少しはリスニング能力を向上させようか、と思って買ったラジオでたまたま、最初に聴いた(偶然受信した)のが、このClassic fmだったので、今でも、これを聴くとひどく懐かしいのである。

 このラジオ局は、あまり真面目でないところがよい。

 日本人は真面目だから、例えばNHKのFM放送は(最近全然聴いていないが)、交響曲ならば、一曲演奏するのに2時間もかかる、ブルックナーの大曲をそのまま放送することも稀ではない。

 厳密なことを言えば、交響曲は確かに全曲が一つの音の構築物なので、部分だけ聴くのは邪道だ、ということになるが、それは、クラシックがどうしても「お勉強」と切り離せない日本人ならではの現象である。


◆西洋人のクラシックとのつきあい方はもっと気楽だ。

 

 Classic fmを聴いて驚いたのは、10分以上の曲はまず、放送しないことだ。

 ドボルザークの「新世界より」なんて、シンフォニーとしては長い方ではないのだが、それでも全曲は滅多にやらない。

 第4楽章だけ、とか、第2楽章だけ、とか、常に「ブツ切り」なのだ。

 勿論、これは人によって好き嫌いが分かれるところだろうが、西洋人は好きなように西洋音楽を聴いているということは、良く分かる。


◆疲れたとき、このラジオ、いいですよ

 

 外国語だから、というのが却って幸いしている。分からないところは無視できる。
 これがトップページだが、中央の上の方にある、 "listen live"とというところをクリックすれば、Realか、Window Media Playerがインストールされていれば、聴ける筈。


◆おまけ:英語のお勉強に最適だが、あまり知られていないBBCのページ

 

 本稿の主旨からは外れるが、英語の,特にリスニングの練習をなさりたい方。

BBCのサイトの中に、BBC World Service | Learning Englishというコーナーがある。

 今はウィンブルドンの特集なんか載ってますな。

 だが、リスニングはニュースが一番易しいので、Words in the Newsというページに行きましょう。

 そうすると、簡潔にまとめられた短いニュースの記事が読める。

 スピーカーの形のアイコンをクリックすれば、BBCのアナウンサーによる原稿の朗読が聴ける。

 下には、記事の中で使われたキーワードが英語で説明してある。

 但し、リスニングの能力は、原稿を目で追いながら音声を聞いても、いつまで経っても、向上しないんですね。

 最初は何十回も聴くというのが基本ですね。音を音として覚えてしまうというか。

 しかし、他にも手はあります。ただ聴くのが苦痛だという人は、原稿見ても良いから、アナウンサーの発音、イントネーションをなるべく真似して、少なくとも100回。出来れば500回ぐらい音読すると良いと思います。

 アポロ月面着陸放送の同時通訳で、西山千さんと一緒に活躍なさった、「同時通訳の神様」國弘正雄先生は、中学の頃、教科書を1000回も音読し、その後、手当たり次第に音読したのが、英語力の基礎になった、とはっきり書いておられます。

 トロイの遺跡を発見したことで知られる、考古学者(といっていいのかね)のシュリーマンの自伝、「古代への情熱」(岩波文庫)という本ほど面白い本はあまりないけど、この中でも、驚くほど同じようなことが書かれている。

「私(シュリーマン)は、あらゆる語学の習得を容易にする方法を発見した。(中略)非常に多く音読すること(以下略)」

 自分で出せる音は聴き取れるし、何百回も音読すると身体が覚えるのですね。

 なんだか、くたびれていて、滅茶苦茶な文章になってしまったが、これにて、筆を置きます。

by j6ngt | 2005-06-21 17:57 | 音楽
お奨めCD 「ショパン:12の練習曲」(マウリツィオ・ポリーニ)
◆「ベストクラシック100」とかいうCDが売れています。

 

 最初に断っておきますが、わたしは、「人間に生まれたからには、音楽、クラシック音楽が好きである『べき』だ」、などというアホなことは考えておりません。

 嫌いな人がいて、当たり前。「嫌いだ」という自由があってこそ、こちらも心おきなく「好きだ」といえるんです。

 ところが、どうも、最近は、レコード会社の戦略が、とにかく売らなくてはいけないので、「クラシック音楽を聴くというとカッコいい。」とか、「ハイソ(ハイ・ソサエティー=上流階級)っぽい」という、一部の人のとんでもない勘違いに目をつけているようですね。

 クラシックを聴くのがハイソ?

 ヘソが茶を沸かしてしまいます。

 クラシック聴くのは、普通のことです。聴きたい人が聴けばいいんです。前もって「お勉強」なんて、全く必要ない。

 芸術はそういうものではありません。聴くのは普通に聴けばいいのです。

 ベートーベンなんて、あんなにおっかない顔した肖像画ばかり残っているけど、「私の音楽は皆(大衆)のものだ。皆に聴いてもらいたい」と言っていました。

 本心だと思います。



 ただし、聴くのだったら、折角だから良い演奏を聴いてもらいたいと思います。

 レコード会社は、「何でも良いから、沢山曲を詰め込んで、安く売る」という趣旨のクラシックのCDを盛んに売っているようです。

 まあ、それが、きっかけで好きになる人もいるはずだから、悪いとは言わないけれど、最初は、やはり、評価が定まった、名盤というのを聞くのがいいですね。

 最初に、上手い人の演奏を聴くと、下手なのを聞いたときに、すぐ分かります。

 ところが下手な方を基点にして物差しが出来てしまうと、上手い下手が分からない。それではつまらんです。


◆「演奏が上手い」、ということ。

 演奏が上手い、という場合に分かりやすいのは、例えば、「子犬のワルツ」(というショパンの曲があるのです)をやたら早く弾いてみせるというようなのがあります。こういうのは、「指がよく回る」といいます。

 しかし、指が回るだけでは感動しないです。ところが、テクニックがなかったら、もっとダメです。

 表現手段として、高度なテクニックはどうしても必要なのです。

 ココが難しいところなのです。テクニックを追求するあまり、音楽が軽くなってしまう、という現象がよく、あるのです。



 しかし、本格的に上手い人というのは、こちらがため息をつきたくなるぐらい、テクニックがあるのですが、同時に音楽的なのです。

 その上、さらに「個性」というのが加わって、姿を見なくても音を聴けば、「あ、これは、あの人の演奏だ!」というような独自のスタイルを持った人が稀に現れます。こういうのが、本当に「上手い」人です。歴史に名を残すような演奏家は、皆、例外なく、そのような「個性」を持っています。

 今日、御紹介するピアニストも、間違いなく、歴史に名を残す人です。


◆マウリツィオ・ポリーニという人のショパンのエチュード(練習曲)集を聴いてください。

  ショパン:12の練習曲をお奨めします。

 

 損をした気持ちには、決して、ならないでしょう。

 これは、もう、聴いていただくしかないです。

 ポリーニという人はイタリア人です。イタリア人というのは、ヨーロッパのなかでは、どちらかというとバカなんですが(大昔のローマ帝国の頃に能力を使ってしまったのでしょうか・・・)、ポリーニは18歳の時に、世界一由緒正しい、権威のあるコンクール、ショパンコンクールで優勝しました。1960年です。

 普通なら、ここからもう、ソリストとして活躍していいのですが、ポリーニは真面目な人で、その後10年間は演奏会は開かず、練習をつづけたのです。

 そうして、音楽と技術が熟成しきったところで、この、アルバムが発売されました。

 この演奏を聴いて、世界中のクラシック聴きは、全員椅子から転げ落ちました。



 なんという、完璧なテクニック。すさまじいパワーと息が詰まりそうなほどの繊細さとの共存、あふれ出る音楽性。

 テクニックだけに絞って言いますと、この曲集はエチュード(練習曲)という名前ですが、歴とした演奏会用の曲。しかも、全てがもの凄く難しく書かれています。

 1曲目から聞いてください。

 厚い低音に支えられて、すさまじい早さで分散和音を弾き続ける右手のテクニックが、最早、文句のつけようがない。

 一つも「曖昧な音」がないのです。完全に鳴っているのです。

 私は、このCD、何度聞いたか分からないんです。すごいことは分かっているのですが、それでも、聴いてみるとまた唖然としてしまうんです。

 これこそ「本当に上手い」演奏なのです。

by j6ngt | 2005-06-06 01:51 | 音楽
世界のお巡りさん コンサート という、イベントがあったのです。やはり芸術は国境を越える。
◆世界の警察音楽隊によるコンサートが、愛知、東京、横浜、千葉で行われたのです。

 

 これは、毎日新聞主催によるものである。

 毎日新聞は、新聞のなかでは、最も音楽に縁が深い。

 日本で最も権威のあるクラシック音楽のコンクールは、毎日新聞の音楽コンクールである。

「日本音楽コンクール」が正式名称らしいが(途中NHKが入ったから)、皆「毎コン」と呼ぶ。

 毎日新聞が70年以上も前(戦前ですよ!)にはじめた事業で、ずっと「毎コン」と言われてきたからである。

 「毎コンに出る」ということが、どれほどの覚悟を要することかは、2002年10月23日とか、昨年8月27日に書いた。


◆中国、韓国、イタリア、フランス、アメリカ、シンガポール6カ国の警察音楽隊が日本に来ていたのだ。

 

 海外からは、ニューヨーク市警察、パリ警視庁、イタリア国防省警察、ソウル特別市地方警察庁、シンガポール警察、そして中国から初参加の北京の中国首都警官楽団と、6カ国の音楽隊が参加した。

 日本からは、警視庁、愛知県警、大阪府警、神奈川県警、千葉県警の音楽隊が出演した(必ずしも同時にではない。)

 一つには、愛知博覧会があったからだろうが、こういう催しは海外でも開催されている。

 昨年、警視庁音楽隊は、パリで開かれた同様の催しに招待され、パリ警視庁音楽隊と親睦を深めて帰ってきた。今回は、日本が招待したわけだ。良いことをした。

 毎日新聞に、各地のコンサートの様子が書かれているのだが、全部引用すると長くなりすぎるので、私が要約する。

 それでもかなり長くなるが、少しばかり辛抱して、お読みいただきたいのである。

 それは、「音楽は国籍や、民族を越え、憎しみを超越する」という実例をご覧頂きたいからである。


◆EXPOホール(愛知博覧会)でのコンサート

 

 4月30日には、9つのバンド(音楽隊=吹奏楽団)が演奏した。

 ニューヨーク市警察音楽隊がパフォーマンスを交えて楽しい演奏を行い、会場は大きな拍手と笑いで包まれた。

 ソウル特別市地方警察庁音楽隊は「冬のソナタ」のテーマを演奏して、喝采を浴びた。

 中国首都警官楽団は平均年齢25歳だが、この日の為に数ヶ月前から合宿を行った成果を披露し、客席から「ブラボー」が飛んだ。

 5月1日にもEXPOホールでの演奏が行われたが、この日は警視庁女性警察官のカラーガード隊「MEC」と、警察の音楽隊としては、世界最高峰に近い、パリ警視庁音楽隊が初共演した。

 両方とも忙しく、ガクタイ用語でいうところの「ブッツケ」(練習無しでいきなり本番演奏すること)に近かったが、成功を収め、警視庁の林隊長と、パリ警視庁のフィリップ・フェロー隊長は手を取り合って喜んだ。


◆東京公演(5月3日、4日)

 

 東京公演では、まず、シンガポール警察庁音楽隊が、国内4民族の多様性と調和をイメージした「カルチュラル ミックス」というオリジナル曲を演奏した。

 それぞれの民族衣装や結婚式用のドレスを着た太鼓奏者らが愉快なダンスに合わせて演奏し、聴衆も一緒になってリズムをとった。アムリ・ビン・アミン隊長(44)は「異なる民族が共存しているシンガポールという国を、日本の人たちに知ってほしかった。最高の演奏ができた」と声を弾ませた

 次はイタリアだ。ここは、上手い。イタリア国防省警察カラビニェーリは、長崎を舞台にした歌劇「蝶々夫人」など日本にゆかりのある曲を中心に演奏した。

 アンコール曲が終わるとスタンディングオベーションが止まらなかった。「日本の人たちが私たちを歓迎してくれている気持ちが、強く伝わってきた」。マッシモ・マルティネッリ隊長(39)は演奏後も興奮した様子だった。


◆横浜公演(5月5日)

 横浜公演は、横浜市中区の大さん橋ターミナルCIQプラザと横浜赤レンガ倉庫で行われた。

 パリ警視庁、中国首都警官楽団、シンガポール警察、神奈川県警の音楽隊が演奏した。

 中国首都警官楽団は、「歌唱祖国」など4曲を披露。李欣さん(30)が奏でる二胡の切ない音色も聴衆を魅了した。

 指揮者の〓燕平さん(50)は「初の日本公演で緊張したが、温かい声援を受けて良い演奏ができた」と満足そう。日中関係にも触れ、「対立から生まれるものは何もない。コンサートをきっかけにもっと友好を深めたい」と語った。


 横浜では、音楽家同士の親睦会が盛り上がり、漆間巌警察庁長官(60)が即興でピアノ演奏をする場面もあったそうだ。写真を添える。


 いいじゃないですか。警察庁長官がピアノを弾くなんて。


◆千葉公演(5月6日)

 

かなりのハードスケジュールだ。この日が最終日。

千葉県警、ニューヨーク市警察音楽隊、ソウル特別地方警察庁音楽隊。

 千葉県警は、女性警察官のカラーガードの先導で行進曲「ミリタリー・エスコート」などを演奏。関根剛二隊長(59)は「ディズニーシーという場所柄を考え、明るく親しみやすい曲を選んだ」と話した。

 特に見物客の人気を集めたのがニューヨーク市警察だった。サングラスをかけた大柄な警察官たちが、軽快で楽しいリズムの曲と共に行進を始めると、手拍子をしながらパレードに加わるカップルも。制服姿の修学旅行生たちも駆け寄り、記念撮影をしていた。

 同隊のトニー・ジオージオ隊長(44)は「笑顔で演奏して、初めて観客からも笑顔をもらえる。エキサイティングな演奏ができて満足」と喜んだ。

 ソウル特別市地方警察庁の朴在寛隊長(55)は語る。「どの会場も観客の反応の良さに驚いた。風が気持ちいい5月にコンサートをできたことも素晴らしかった」


◆コメント:要するに、音楽が「恨み」や「憎しみ」を生んだり、増長することはないのですよ。

 

 先日、指揮者の岩城宏之さんの、感動的なエピソードを書いた。

 戦争中、日本軍に親兄弟を殺され、日本人を心底憎んでいたオーストラリア人音楽家が、岩城さんと音楽をするにつれて、その恨みはもう忘れようという気持ちに変わった、という話である。その話といい、今回の話と言い、私は、音楽(芸術)的感動を共有したもの同士は、たとえ、人種や国籍が異なっても、憎しみ合うことは出来なくなる、という確信を深めた。



◆こういうコンサートは、何処でも良いけど、テレビで放送して欲しかったね。

 

随分長く、コンサートの様子を「説明」したが、空しい。

 所詮、音楽を言葉で表すことは出来ない(少なくとも私には)からである。

 こういう、気持ちの良いイベントこそ、テレビの出番だったんだけどなあ。

 出来れば、コンサートそのものだけではなくて、演奏終了後の、音楽家(肩書きは警視庁音楽隊だから、オーボエ奏者が、巡査とか、巡査長とかいうんだけれども、そんなことはどうでも良い)の交流とかを映像で映して欲しかった。

 楽隊ってのは、同じ楽器同士だと、言葉が通じなくても、何となく話が出来てしまうのである(無論、外国の音楽大学に入って、きちんとレッスンを受けようと言うような人は、語学も頑張らないとダメですよ)。



 以前、テレビで見ました。
 N響が中国公演を行ったことがあるのです。N響と北京交響楽団の合同演奏会(一緒に一つのオーケストラになって演奏する)があったのです。

 N響の団員の皆さんは、北京交響楽団の人々と言葉は通じないのに、あたかも旧知の間柄の如く楽しげに身振り手振りで話していました。

 ドイツのベルリン・フィルハーモニー管弦楽団が、何と、ユダヤ人の国、イスラエルのイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団と合同演奏をしたときの、お互いの分け隔ての無い表情。あの、ホロコーストの加害者と、被害者が、楽しそうに一緒に音を紡ぎ出すその瞬間。

 それらを見たとき、わたしは、世界に平和をもたらすものがあるとすれば、それは武器でも論争でもなく、音楽(芸術)だ、と確信したのです。

 言うまでもなく、昨今、国際関係はずっとギスギスしている。

 アジアでは、日本、中国、韓国は気まずい。

 そういうときに、テレビが今回の催しのような「国境、国籍を超えて楽しむ人々の様子」を放送することは、皆さんが想像する以上に大切なことだと思うのです。


◆協賛各社(スポンサーですな)
 

 最後に、この、金儲けには役に立たない催しに、協力した企業名を挙げて、その功績を称えよう。

 

協賛 トヨタ自動車、東日本旅客鉄道、NTTドコモ、東海旅客鉄道、東京海上日動火災保険、東京電力、プロミス、三菱商事、三菱重工業、三菱地所、佐川急便、荏原製作所、大塚製薬、オリエンタルランド、協和発酵、KDDI、清水建設、住友不動産、大成建設、三井物産、森ビル、アサヒビール、伊藤忠商事、キリンビール、セコム、全日警、綜合警備保障、東京ガス、同和鉱業、丸紅、三井住友海上火災保険、三井住友銀行、ローソン、小田急電鉄、ダイキン工業、東京急行電鉄、みずほフィナンシャルグループ、ファンケル、工藤建設、京浜急行電鉄(毎日新聞 2005年6月2日 東京朝刊による)


 ご覧なさい。IT業界なんて、無きに等しい(ドコモがいる)、ソフトバンクも、ライブドアも、楽天もいないよ。

 マスコミも、主催者である毎日新聞以外は知らぬ存ぜぬ。

 こういうところで、企業の格(格付け機関がつける格じゃないよ。品格ということ)が出る。

by j6ngt | 2005-06-02 21:17 | 音楽
ピアノの本当の美音。アシュケナージのモーツァルト
◆ウラディーミル・アシュケナージ

 

 今シーズンからN響の音楽監督は、ウラディーミル・アシュケナージという人です。旧ソ連から亡命した人です。

 その半生記を書くと長くなるので割愛します。

 とにかく、世界中の音楽ファンなら誰でも知っているこのような超有名人が、ついに日本のオーケストラの指揮者になったのかと思うと、30年間N響を聴いてきた私にとって、感無量です。

 自分で書くのも何ですが、聴く側だといっても、30年っていうのは並じゃないですよ。

 N響の今の若い楽員さんが生まれる前から、聴いているんだから。下手したら、彼よりはN響を知っている。

 なんてね。勿論弾く側の苦労に比べれば、大したことは有りません。



 さて、アシュケナージは、もともとピアニストです。最近、なんでも「超」をつけますが、この人が世界的にみて、「超一流」のピアニストであることは、好みの問題を通り越して、誰もが認めざるを得ないでしょう。

 アシュケナージのピアノは何がすごいか。勿論テクニックはある。それは、もう滅茶苦茶に上手い。

 しかし、何よりも彼を世界的たらしめたのは、その唖然とするほど美しい音色です。




 楽器は不思議なもので、同じピアノを弾いても、一人一人、違う音色がするのです。科学的にどう解釈するかは音響物理学とか何とかいう学者さんの分野でしょうが、要するに、同じフェルトを貼った、木のハンマーが鋼鉄の線を何トンという力で張ったものを叩くわけです。

 そのハンマーアクションの構造というのはとても複雑で、「よくもまあ、こんな仕組みを考えたものだ」と思います。

それはさておき、このハンマーは勿論、ピアニストが鍵盤を押さえることによって動くわけですから、動き出してから、弦(ピアノ線)に当たるまでの、わずかな加速度の違いが、音色の差になっているものと思われます。


◆モーツァルトピアノ協奏曲23番、27番の一枚は死ぬほど美しい。

 

 理屈はこのぐらいにして、それでは、アシュケナージの美音を堪能するのに、何から聞くのがよいかというとですね、簡単に選ぶのなら、ショパン夜想曲全集ですね。

「夜想曲」とは、「ノクターン」を日本語にしたものです。

 これはもう、どうにもこうにも、文句の付けようがない。

 日本の音楽評論の第一人者で、吉田秀和さんという方がいらっしゃいますが(ホロヴィッツが初めて日本に来たとき、あまりにひどい演奏だったんですが、これを「ヒビの入った骨董品」と形容したことで有名です)、吉田さんは、「このCD集の唯一の欠点は、全てが、あまりにも完璧な演奏であることだ」と言ったぐらいなのです。

 ちなみにこういう、沢山の曲が入った全集を聴くとき、真面目に最初から全曲通して聞く必要は全くありません。

 好きなところから聴いて、好きなところで止めればよいのです。

 それで、例えば、DISK2の8曲目、夜想曲第20番嬰ハ短調ってのを聴いてください。「戦場のピアニスト」で有名になったそうですが、私は見ていないのでしりません。とにかく、圧倒されます。そう、圧倒されるんですね。



 これに対して私は、まず、ショパンよりも先にモーツァルト:ピアノ協奏曲第23番&第27番をお奨めします。これは、「圧倒される」というよりも、「優しく包み込まれる」という感触です。参考までに書きますが、これはコンチェルトの「弾き振り」です。つまり、アシュケナージがピアノ協奏曲のソロを弾きながら、自分のパートが休みの時には、オーケストラを指揮しているのです。

 私は、この演奏を聴いたときに、「この世にこれほど美しいピアノの音色があったのか!」と思いました。

 曲は勿論素晴らしいです。モーツァルトってのは、駄作が無いのです。その中でも、この2曲は特に有名な部類に属します。ここのAmazonのカスタマーレビューの人と奇しくも私も同じことを思いました。

 つまりですね。この後、モーツァルトのピアノ協奏曲23番が大好きになりまして、いろんな古今東西の演奏を聴いてみたのですが、どうしても、このアシュケナージほど美しいピアノの音は聴けないのです!

 最初にこういう、本当の超一流の大天才が書いた名曲を、超一流の演奏で聴かないと、損です。間違った尺度が出来てしまう。

 ここから後は、書こうかどうしようか迷ったのですが、相手はカネを取っているプロだからはっきり書かせていただきます。

 このごろ、なんとかヘミングなんてオバサンがもてはやされています。これも、テレビの影響です。しかし、違う。あの人は技術もなければ美しい音も無い。

 ああいうのを褒める人は、忌憚なく言わせてもらいますが、ピアノを知らない人です。

by j6ngt | 2005-05-04 12:35 | 音楽
「フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルの世界」 ラッパは、大きな音を出すだけではないのです。
◆フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブル

 

 日本では、中学や高校の吹奏楽団のことを「ブラス・バンド」といいますが、これは、正確な名称ではない。

ブラスとは真鍮のこと。つまり、本当のブラスバンドは、金管楽器だけで編成した合奏体のことをいいます。

弦楽器では、古くから、弦楽四重奏という確立された分野があります。こういう小編成の合奏を室内楽と言いますが、金管楽器による室内楽を確立したのが、フィリップジョーンズブラスアンサンブルというイギリスの団体です。

このアンサンブル(合奏体)を組織したトランペット奏者がフィリップ・ジョーンズという名前なのです。

 普段はロンドンのオーケストラで演奏しているトランペット、トロンボーン、ホルン、テューバ奏者があつまって、金管楽器だけの音楽をやります。

ラッパだけの音楽というと、さぞやうるさいだろうと思われるかもしれませんが、絶対にそんなことはありません。

勿論、音楽的にff(フォルティッシモ)が必要な場面では、それなりに強い音を出していますが、こういう本当のプロは全体のバランスを考えて吹くのです。

 他の人の音がきこえなくなるほど大きな音を出すようでは、音楽家とは言えません。野球の応援とは違うのです。

フィリップ・ジョーンズ氏や、何人かのメンバーは既に他界されましたが、フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルは今でも伝説的な存在で、CDもよく売れています。

最初の頃は、中学生や高校生のブラスバンドの坊やたちばかりが買っていましたが、次第に、その演奏内容が芸術的に非常に秀でていることが、知られるようになり、それまでは、金管楽器など興味がない、と言っていた人たちも、好んで聴くようになりました。


◆さわやかなハーモニーと「合奏のテクニック」をお楽しみ下さい。

 

楽器が上手い、というと、普通は「ソロが上手い」、つまり、速い曲を曲芸的に弾ける(吹ける)という技術を連想しますが、音楽家にはもう一つ、大切な能力が要求されます。

それは、「合奏能力」ということです。

「オレが、オレが」と、自分が目立つのではなく、むしろ一人一人は目立たず、全体として、豊かな響きを出せるかどうか、ということです。

 オーケストラのメンバーも勿論同じですが、これはとても難しい。

何故かというと、全体の響きが上手く解け合うかどうかの大きな要素は、各人の音量のバランスなのですが、バランスが取れているかどうか、最も良く分かるのは、客席にいる人々なのです。つまり、ある程度距離がある場所から聴かなければ、合奏のバランスは分からない。

しかし、自分は演奏しているわけです。客席でどのように聞こえているかということは、永久に分からない。

 忍者の「分身の術」が本当に可能になったら、一番試したいのは、音楽家だと思います。ちなみにオーケストラの指揮者も同様です。 指揮台というのは、決して、理想的な位置ではない。 たとえて言うなら、ステレオの左右のスピーカーの中間に立っているような物なのです。 本当は、もっと後ろに下がらなければ、バランスは分からない。

では、どうするか?

勘です。長年の勘です。

 勘だけを頼りに見事に解け合った音を出すことが出来る。これがプロの音楽家のアンサンブル(合奏)です。

また、室内楽では、指揮者がいません。音の始まりは、フィリップジョーンズ氏がわずかに身振りで示すだけです(自分もラッパを吹いているのですから、大きな身振りは出来ません)。それでも、テンポが狂ったりせずに、音楽の縦の線がピタリとそろうのは、繰り返しの練習と、高度な集中力によるものなのです。

と、堅苦しい話になってしまいましたが、いつも申し上げているように、聴くときには、理屈は要りません。

フィリップ・ジョーンズ・ブラス・アンサンブルの世界は、大サービスですね。

 勇壮な曲。爽やかな曲。もの悲しい曲。楽しい曲。全部入っている。それに、一曲ずつが長くないのがいいです。

最初の「トランペット・ヴォランタリー」というのは、「This is brass sound!」と言いたくなる、輝かしい曲です。

次の「シバの女王の入場」。これ、演奏、難しいです。でもこれほど爽やかな音楽はあまり無いです。休日の朝などにぴったりです。

ダマされたと思って、聴いてみてください。得した気分になると思います。

by j6ngt | 2005-04-09 03:20 | 音楽
プロの音楽家になる、ということは、想像を絶するほどの才能と努力が必要である
◆「音楽大学など行こうと思うな」と私のトランペットの師匠は云った。

 

 巷で、音楽大学を舞台とした「青春もの」の漫画が売れているそうだ。

勿論、漫画は娯楽であり、事実に忠実である必要は無く、誰にも迷惑をかける訳ではないのだから、読者が喜んでいるのなら、それで良いのかもしれない。

私がこれから書くことは、その意味でやや、大人気ない。

しかし、プロとなった音楽家達がどれほど厳しい修行を積んでいるか、ということは認識していただきたいのである。

このことについては、以前、少し触れたが、読んでおられない方も多いと思うので、重複を厭わず書く。


◆音楽大学のレッスンは「おけいこ」ではない。

 

 音楽大学の学生で一番多いのはピアノ科である。大部分はコンサートプロには、なれぬ。

 それでも、そのレッスンの厳しさは、一般の人々には、到底想像不可能だろう。

まず、基本的な技術は、大学にはいるまでに全てできあがっていなければならぬ。

 音大に入ってから、指の形がどうのこうのなどと云われているようでは、問題外である。

 ピアニストになるような人間は、遅くとも小学校中学年で、そういうことは終わらせている。

 芸大、桐朋、東京音大のピアノコースには、普通のピアノ科と、演奏家コースがある。後者に入るような人間は、皆、「神童」とか「天才」と呼ばれていた人間である。

 例えば、私と同い年の清水和音というピアニストは4歳でショパンの幻想即興曲を弾いていた

音大のレッスンは、は音楽的な演奏内容を「芸術」に高めるためのものであり、一般コースの学生といえども、教師は容赦しない。

 素人が趣味でピアノを習っている場合、半年ぐらいかけて、こなすエチュード(練習曲)や一般曲を、音大では、一週間程度で仕上げるのが当たり前であり、そのために、学生は一日十時間以上も練習することを当然要求される。強制されるのではない。そうならざるを得ないのだ。

それでも、前回のレッスンで指摘された、音楽表現上の問題が治っていないと、大抵の先生は烈火の如く怒り始める。

演奏中にいきなり女性の先生に楽譜と取り上げられ、ビリビリに破かれて、床にたたきつけられ、「出て行きなさい、あなた、もう、辞めなさい」と全人格を否定するようなことを云わるのは、毎日の日常的風景である。

「あんた、もう、死になさい」等と言われるのもざらである。何せ、芸術家というのは、一般人から見れば、変わった人が多い。

こんなことで驚いていては、やっていけぬ。

かつて、日本一のピアノ教師と呼ばれた井口愛子(中村紘子さんなど、数多くの優秀な弟子を育てたことで知られる)先生はすさまじく、中村さんぐらいの才能がある人でも、演奏上の問題点を延々、30分も叱られ、ケチョンとなっているのに、なんと、井口先生は「一体、貴女みたいなひとには、どうやって怒ったらいいのかしらね」(もう十分怒っています・・・・)とのたまうのだそうだ。


◆仲間同士励まし合うなどという、甘い世界ではない。

 

 多分、評判の漫画では、「音大における楽しいキャンパス生活」が描かれているのであろうが、そんなものは、存在しない。

 なにせ、2日か3日後には、またレッスンがある。そのときまでに、指摘された問題点が克服されていなければ、張り倒される。

「死になさい」、と云われたぐらいで、泣いているようでは、問題外。

そんなことでめそめそしている暇があったら、直ちに帰って練習するのだ。友達に愚痴るなどという暇もない。何故なら、他の学生も同じようにしごかれていて、一刻も早く練習を開始しなければならないからである。


◆どの楽器でも同じですよ。プロになるということは。

 

 音楽大学に入ることは、たとえ、99パーセントはソロ・ピアニストになどなれないことが分かっていても、なお、「本物の」音楽を身体の芯にたたき込む訓練をすることであり、言語に絶する厳しい生活を少なくとも4年間続けることを意味する。

多くの音楽大学では夏休み明けに試験(勿論実技ですよ)があるので、夏休みに旅行に行ったり、遊んでいる暇はない。ただひたすら練習するのだ。

 私のトランペットの師匠は、私の才能と性格を見て、到底そのような試練には耐えられないと判断したので、私に向かって「音楽大学には行くな」と云って下さったのである。これは、大変親切なアドヴァイスである。


◆最後に一つ。ベルリンフィルの例

 

 今まで書いたのは、音楽家の話ではなく、その前段階、音楽家になるための修行をする学生の話である。プロになる前でもこれだけ厳しいのだ。

プロの演奏家にもしもなったら、これは、お客からカネを取って音楽を聴かせるのであるから、より一層厳しい試練が待ち受けているのである。

 キリが無いので一つだけ書く。 私が、この日記で今まで何度も取り上げた、ベルリンフィルという、フルトヴェングラー、カラヤンという大巨匠が何十年も音楽監督をしていた、世界一のオーケストラがある。無論、オーディションを経て楽員になる。

弦楽器も管楽器も、打楽器も超一流の名人ぞろいである。
しかしながら、ベルリンフィルでは、リハーサルで続けてミスをすると、クビになる。

無論、本番でのミスが問題視されない訳ではない。が、少なくとも、本番ではプレッシャーがある。

 プレッシャーの無いリハーサルでミスをするようなヘタクソは要らないという意味なのである。

どうです?厳しいでしょう?本当の音楽を奏でる人々は、みな、このような試練に耐えてきたのだ。だから、私は彼らを尊敬する。

by j6ngt | 2005-03-14 07:27 | 音楽
ラベルの誕生日です。「ボレロ」って知っていますか?
◆オーケストラの魔術師

1875年3月7日に、後にフランスを代表する(フランスで他に有名なのはドビュッシーなどです)作曲家となる、モーリス・ラベル(1875~1937)が生まれました。

難しいことは、事典を調べれば、色々載っておりますが、要するに、ラベルは「オーケストラの魔術師」と呼ばれています。

オーケストラの各楽器の音色上、演奏技術上の特色をよーく知っていて、ある音楽のある箇所で、最もふさわしい音は何か?それは、どの楽器に出させるべきか?ということを、知り抜いていたのですね。



「展覧会の絵」という曲、名前ぐらいは聴いたことがある、あるいは、オーケストラで聴いたことがあると言う方、いらっしゃるでしょうが、もともとは、ロシアの作曲家、ムソルグスキーという人がピアノ曲として書いたものです。

それを、ラベルが全曲オーケストラ用に編曲したのです。だから、CDのラベルとかを良く読んでください。ムソルグスキー作曲、ラベル編曲となっている。

これは、しかし、オーケストラの方が原曲ではないかと思いたくなるような、文句のつけようがない編曲です。最初のプロムナードはトランペットソロで始まりますが、これをトランペットにした、というのが、いかにもラベルのセンスであります。

勿論、ラベルは編曲のみならず、自分の作品も沢山書いています。


◆「ボレロ」。空前絶後のユニークさ。

最も親しみやすく、エキサイティングなのは、「ボレロ」です。

ボレロは本来、スペインの舞曲のリズムで、普通名詞です。ワルツとか、ポルカとかいうのと同じことなのです。

しかし、今や、ボレロといえば、ラベルが作曲した(本来はバレエ音楽ですが)管弦楽曲の「ボレロ」のことを意味するようになりました。



「ボレロ」は、スネアドラム(小太鼓)のPPのソロで始まります(上の楽譜をご参照)。


この2小節で、一回。スネアドラム奏者は、全曲をとおして、ずっと、このリズムを繰り返します。

たしか、170回だったかな。ちょっとうろ覚えですが、とにかく大変。全員がこのスネアのリズムを聴いて、それに合わせるのですから、指揮者よりも責任が重いです。

特に、最初の4小節は「スネアドラム・ソロ」です。ピアニッシモなので、手が震えたりして、ちょっとでもリズムが崩れたら、台無しです(楽器は弱い音を出すときこそ、難しいのです)。



そして、ボレロのユニークなところは、2種類のメロディーが、あらゆる管楽器で、交互に繰り返されるだけ、ということです。

曲の頭がピアニッシモで、曲全体をとおして、次第にクレッシェンドしていって、最後の8小節になると、コーダという締めくくりの部分になるのですが、そこでは、打楽器も沢山入って、大変な音量となる。そして、コーダで、転調するのですね。もの凄くドラマチックな、転調です。最後は「芸術は、爆発だ!」という感じで終わります。

人間は同じリズムや言葉を繰り返していると、段々興奮してくるのですね。阿波踊りなんかもそれだと思います。ラベルはそのようなことも直感的に分かっていたのだと思います。


音楽は生の方がよいというのは、まさに「ボレロ」のためにある言葉ではないかと思われます。弦楽器は殆ど緊張しないのですが。管楽器奏者の緊張が並大抵ではありません。

ボレロに限って云えば、どんなに上手いオーケストラでも、完全に無事故ということはなかなかありません。誰かがトチると、その後の奏者がビビるし、逆に他人が皆上手く吹けば、自分も失敗は許されないので、プレッシャーとなる。嫌な曲なのです。

しかも、その緊張感は、聴衆にも伝わってきます。自分が吹くわけでもないのに、心臓がドキドキします。そこがたまらないのです。


◆緊張の極、トロンボーン・ソロ。

中でも、一番難しいとされているのが、トロンボーンです。

私は、いつも、トロンボーンソロの直前になると、思わず、手を合わせて祈ってしまいます。

以前、ある、プロのオーケストラのオーボエ奏者の方が書いておられましたが、オーケストラのメンバーも、全く同じ気持ちだそうです。

なにしろ、曲が始まってから10分近く音を全く出さず、いきなりソロで、mp(メゾ・ピアノ=やや弱く)で、トロンボーンの最高音域のB♭の音からはじまる、このトロンボーンソロは、いかなる名人でもいつでも成功するとは限らない。それぐらい難しいのです。

だから、トロンボーンが上手くいったボレロは泣けてきます。かつて、ボレロのトロンボーンという文章を書きましたので、詳しくはそちらをご参照下さい。



このような曲なので、管楽器奏者が「ボレロ」に抱く心境は複雑です。

「出来れば、あまり演りたくない。でも、出来れば上手くやって、拍手喝采、ブラボーを浴びたい」というジレンマがあります。



こんな形式の曲は後にも先にも、ラベルしか書いていません。同じメロディーを延々と繰り返すというのは、コロンブスの卵で、それまで、誰もやったことがなかったし、ラベルがこの曲を書いてしまったからには、同じ手法は使えません。一瞬で、「ボレロのまねじゃないか」といわれてしまうからです(ショスタコービッチというソ連の作曲家が交響曲第7番の中で似たようなことをしていますが)。

ラベルは、音楽の印象派で、実に「色彩感」のある音がします。他にも名作がたくさんあります。やはり天才としか云いようがありません。


◆おすすめCD

「ボレロ」が入った(ボレロだけだと15分ぐらいなので、他の曲とカップリングされています)CDは山ほどありますが、エキサイティング、ということでいいますと、クラウディオ・アバド、ロンドン交響楽団のこれ、でしょうね。

演奏の終盤にさしかかったところで、オーケストラのメンバーが興奮を抑えきれなくなって、思わず叫び声をあげています。

通常、CDでは、こういうところは編集でカットしてしまうものですが、このときは、指揮者のアバド(この前で、ベルリンフィルの音楽監督だった人です)が、「自然に出た声だから、このままでよい」と判断したらしいです。

クラシックのCDとしては、なかなか珍しいものです。

by j6ngt | 2005-03-07 16:40 | 音楽
ピンクレディーを久しぶりに見て思ったこと。
◆クリスマス・イブですから、ちょっと軽い話題で。

TBSにチャンネルを合わせたら、ピンク・レディーの特集を放送していた。

あの人達は私よりも年上なのだが、よく身体がうごいていましたね。感心したな。

ピンクレディー(二人なのに「ピンクレディーズ」と云わないところが、如何にも、日本的ネーミング)というのは、四半世紀も昔に一世を風靡した。

当時のテレビ番組は今よりも遙かに「歌番組」が多く、しかも生放送が多かった。

月曜日のフジテレビ「夜のヒットスタジオ」とか木曜日のTBS「ザ・ベストテン」が代表格である。

後者は、司会者が久米宏と黒柳徹子で、黒柳徹子という人は父上がNHK交響楽団のコンサートマスターで、弟さんはそろそろ定年だが、やはりN響のヴァイオリン奏者で、完全にクラシックの環境に育って、(自分が演奏する才能には恵まれなかったようだが)本人もクラシックが一番好きなのだ。

しかし、そこはプロのタレントとして歌謡曲番組の司会者を引き受けた以上、全力を投入していて、久米宏もべらべらとよくしゃべり、この二人の掛け合いが、高視聴率に結びついていた、といってよい。

若い方は、久米宏といえばニュースステーションを連想なさるであろうが、私たちの年代は、どうしても「ぴったしカンカン」「ザ・ベストテン」の司会をしていた久米宏であって、あのころの方が年齢が若かった所為もあるけれども、彼は生き生きしていたように思われる。

歌謡曲番組の話にしてはいささか大袈裟だが、注目すべき点は、「ヒットスタジオ」も「ベストテン」も生放送であるから、歌手も、伴奏のバンドも、司会者も、画面に映らない裏方も、ミスがゆるされなかった、という点である。緊張感が番組に迫力を与えていたのであろう。


◆緊張しすぎても駄目だが、緊張感がなくなっては駄目だ。

 どんな仕事も緊張しすぎては、却って失敗しやすくなるけれども、全然緊張感がない仕事は、あまり、人を感心させない。

テレビドラマがどうもダレて見えるのは、「NG集」を見れば分かるとおり、何度でも失敗できるからである。

歌番組に話を戻すと、伴奏をしていたバンドは、いずれもジャズのビッグバンドである。本当はジャズ演奏だけやりたいのだが、それでは食えないから、歌謡曲の伴奏をして生計を立てていたのである。


◆歌伴は大変だったのだ。

 歌番組で、歌手の伴奏をすることを歌伴(歌の伴奏)という。さきほど、ピンクレディーを聴いていて思い出したことがある。
普通の人は歌番組を見るときには歌手の歌を聴くであろう。しかし、私は、昔から、伴奏をしているビッグバンドを聴いてしまう。

歌謡曲の芸術的価値がさほど高いとは思えないが、伴奏をする側は、かなり難しい譜面を渡され、ほとんど初見で吹けるぐらいの名手がそろっていた。

「聴くと弾くとは大違い」であって、気楽に聴ける曲が、演奏する側にとっても気楽かというと、全く違う。

 以前、アコーディオンの横森良造さんのことを書いた。本当の名手なのに、世間は正しく評価できない。

歌伴のビッグバンドも同様である。音楽的・技術的に要求されるレベルは、一番華やかにスポットライトを浴びる歌手よりも、遙かに高い。

トランペットを吹く人がいたら、試しに、ピンクレディーの「ペッパー警部」のイントロ冒頭部を吹いてみるがよい。

 あれはC-moll(ハ短調)であり、固定ドで書くと、「ド・ド・ド・ドソドソシ♭ド」というフレーズで始まる。この音型はラッパ吹きにとって、実にいやらしい。「ド-ソ」の繰り返しと、中途半端なテンポであるために、タンギングがしにくくて、はっきり吹くのは、きちんと基礎からトランペットの勉強をした人でなければ、出来ない。

当時、「夜のヒットスタジオ」では「ダン・池田とニューブリード」というビッグバンドが伴奏を受け持っていたが、リードトランペットの人がどんな新曲でも見事に吹いてしまうのに、感心した。

ペッパー警部では、トランペットセクション4人のユニゾンで、先ほど書いた難しいフレーズを吹くのだが、タンギングと音程が完璧に合っていて、実に小気味良かった。


◆プロがプロたる所以をはっきり示していた時代であった。

 

 たまたま、自分が一番よく分かる、トランペット演奏上の細かい点について言及したが、上述のとおり、司会者も番組スタッフも歌手も、生放送特有の緊張感を持って仕事をしていた。それは、まさしく「プロたちの仕事」だった。
歌手は、昔も下手なヤツは下手だったが、平均値をとると、今よりはずっと上手かった。キャンディーズなんて、一応ハモッていた。音程も悪くなかった。

最近はひどすぎる。

 実に見事に耳が悪い奴、つまり音程が狂っていることを認識出来ない人間が、歌を歌ってカネを取っている。

耳の悪い者は、音楽のプロになる資格がない。

曲がりなりにもプロと称する人間が、素人に、「音程が悪い」ことを指摘されるなどということは、死ぬほど恥ずかしいことなのである。画家や漫画家を目指す者が、犬と猫を描き分けることができない、と言うぐらいのレベルである。


◆最近の「タレント」は一体何の「プロフェッショナル」なのかさっぱり分からぬ。

昨今のテレビが何故、つまらないかというと、「プロたる所以がはっきりしない人間」が、仲間内だけで騒いで、自分が喜んでいるからである。

「お客に芸を見せて楽しませる」のがプロの「エンターテイナー」なのだ、という意識がないのだろう。

バラエティーと呼ばれるものは、ただ、雑談しているだけであり、何の芸もなく、従って間違えるとか間違えないとかいう緊張感もない。

技術もなければ、緊張感もない仕事が人を喜ばせることが出来るわけはないのである。


◆ベルリンフィルのメンバーは、練習中に失敗すると、クビになる

比較しては失礼というものだが、世界一のオーケストラの一つ、ベルリンフィルでは、リハーサルでミスを重ねると、クビになる。

無論、本番でのミスも許されないが、本番はプレッシャーがある。プレッシャーのない、リハーサルで間違えるとはなんだ、と言うわけである。

本物の「プロ」の世界は、厳しいのだ。

by j6ngt | 2004-12-25 02:20 | 音楽